――てない その4 ―ほい その3―
勿論、<普通モード>で、作者が重要視している部位を強調する手は幾らでもある筈です
――フォントを変えたり
――文字の上に「、」を置いたり
――下線を引いたり。
しかし、フォント変更や下線を引く、アクサン的記号を付す等で強調を示す場合
――それは隙間なく並べられた言葉の中で埋もれてしまう可能性がありますし……
逆に読み手が該当部分だけを重要であると判断し、他の部分を注意対象から外そうとする(理解する必要が無いと考える)ことがあるのでしょう。
[実際、読書の時に下線を引くヒトなら分かるでしょうが、
後で下線を引いた文章を読み直してみると、下線を中心にして目が行き、その他の情報への重要度が低められていることに気付くでしょう]
しかし、これまで何度も繰り返し書いた様に、
<書かれた事は、必要であるから書かれたのであって、不必要なら書かれた筈がない>
のだと思います。
[勿論、何かしらの理由から
<文章を水増し>
するケースは除きます
――水増しも、必要であるから為されるのでしょうが、上の記述はあくまで、
<真摯な作家が示したいことをそのまま示した場合>
と条件付けをする必要があるでしょう]
<鯉の滝昇り>を使って、ある対象を強調させたい場合……
――先ず、簡単な例を出します。
例:あるところに泉と椰子の木と日陰で休むヒトがいました。
という<普通モード>の文章があるとします。
ここで、<鯉の滝昇り>を使います
例①:あるところに
泉
と椰子の木と日陰で休むヒトがいました。
――<泉>という言葉に目が行きます。
つまり、文の中で、<泉>が強調されているのです
例②:あるところに泉と椰子の木と
日陰で休むヒト
がいました。
――<日陰で休むヒト>という言葉に目が行きます。
作者が何に焦点を置きたいかが分かる様になっているのではないでしょうか。
その効果を比較してみる為、改行を多用して、並列させてみます(技法:ファランクス)。
例:あるところに
泉と
椰子の木と
日陰で休むヒト
がいました
これは、並列させることによって
――それぞれの情報(特に名詞)を強調させようとしながら
<ひとつの纏まりの中にあって分割可能なすべての情報の価値を同程度に設定する技法>
だとします。
ただ、この<ファランクス>にすると、文のスムーズな流れというものを切断してしまう可能性があります。
つまり、読み手が文を文として捉えられなくなる可能性が高いのです。
その点
――最低限
改行をしながらも、<情報の連続体>としての<文>の役割を残す
――これが<鯉の滝昇り>です。




