――てない その1 ―鯉の滝昇り―
その後すぐ、"ジュネス・ルィェ"は
――死にました。
[社会にとって、何の役にも立ちませんでしたから
――死んだ時
悲しんだヒトは、<少なかった>に違いありません
――死んだ時
喜んだ
――というより
<安心した>ヒトは、大勢いたのでしょうね………]
ただ、死ぬ前に少しだけ、"ルィェ"は、"摂"氏の傍にいました。
「――おい」
と、犬に似た、吠え。
音の届いた"摂"氏が
――刺激され
意識のブランクから覚醒すると、"ルィェ"が
――横に
いました
――体育座りでした。
パグの様に、小首を傾げています。
「がば」
と仰向けだった"摂"氏が起き上がると
――爪先立ち
――で腰を深く落とし
――臨戦態勢……
――その、針鼠の様な<丸み>の周囲を
――それまで根をしっかり地に張っていた芝土が
――釣られたのか
――舞います……
[覚醒前の覚醒時に起こった、あの、同じ現象に付帯していた
<反射>
はもう、其処に、ありませんでした]
「もう、終わりだな」
そう口遊んで、"ルィェ"は笑いました
――嘲笑いによく似た
<朗らかさ>
――敵意も、警戒もありません。
風が、吹き抜けました。
気温は高いのでしょう
――しかし
<<暑さはもう、ありませんでした>>
――との事。
"ルィェ"は、"摂"氏を"ジュネス"邸<離れ>のベッドまで運んで
――あげていたら親切ですし、話も楽なのですが……、
"ルィェ"の貧相な、<知識人>的身体に、それを要求するのは酷です。
[それに、実際に"ルィェ"は運ばなかったそうですから、ここでも<運ばなかった>とします………]
"摂"氏は依然として、
<戦闘場>
――そう表現したら<場>は格闘漫画に登場する、あの、世界各国から強者の集まる<リング>の様で、格好良いのですが……
実際は、
『はじめての闘い』最後の舞台となった、
"ジュネス"邸<離れ>脇の、<庭>のまま。
"摂"氏は、<痛み>が無い事を、確認しました。
「どれくらい寝ていました?」
身体を沈め、
胡坐を掻いてから
――掌を地に着け
――二本の腕で傾斜した上半身を支えた
"摂"氏も
――"ルィェ"と同じ様に
戦闘モードを解除していました
――"摂"氏は機械ではなく人間ですが、上記表現は……
――間違ってなくは、ないのでしょう
――知りませんけど。
「お前、寝てたのか?」と"ルィェ"。
「寝てました」と"摂"氏。
「ははは」
と
――ほのぼの。
「寝てたとしても、そんな何万時間じゃない」と"ルィェ"。
闇の中で、"摂"氏は何故か、はにかんでいました
――その事に気がついて、ハニカミを止めました。
そして、
「最後って、どうなりました?」
「オレの<鯉の滝昇り>で、終わりだよ」
「何ですか?」
["摂"氏は、わからないことを、わからないままで済まそうとするタイプでは、ないのです]
"ルィェ"はジェスチャー混じりで、解説します――
「相手の手首をこう(ジェスチャー)掴んで
[つまり、相手から見た右手首を、右手で掴んでクロスする様なカタチ]
横に引っ張って(ジェスチャー)
相手を反転させて
背中が少し見えたら空いた手で掌底を(ジェスチャー)肩に押し当てて
――背中全体を剥き出しにさせる
それから、無防備の背中
――その"防御層"
を蹴る連続技だよ」
[この技は、『はじめての闘い』で一度、"ルィエ"が"摂"氏にかけています…]
"摂"氏は、頷きました
――完全に理解していたとは言い難いのですが。
[しかし、文献研究の結果、あとで理解できるようになります]
"摂"氏は辺りを見回しました。
辺りは、暗いまま
――しかし、小鳥がどこかで
――小さく
――短く
啼きました。
そして"摂"氏は気付きます
――服の汗は、「じわり」と残っていますが
――皮膚は、汗ばんでいない事を
――そして、"防御層"が完全に消えている事を。
続いて、気づきます
――それを確認した"摂"氏を、"ルィェ"が、見つめている事
――極めて、真摯に。




