はじめての闘い その41
「――いまは<漫画>や<映画>や<アニメ>等、絵と言葉の合成(併用)によって表現が成立しているジャンルが<芸術>として、何も疑問視されずに受け入れられている時代……
[漫画は記述的であり、映画やアニメはそうではない……
だから、<エクリチュール>か<パロール>かで<苦痛>を表現する為に最も効果的な方法を模索した時に
<違い>は勿論、出てくるという意見が予想されます……
――しかし、<演劇(映画やアニメ)>等<パロール>に属する表現形態を用いる芸術と、
――/フィギュークとしての<絵>とフィギュークとしての<言葉>を併用して表現する/
エクリチュール的芸術である<漫画>と、
問題に於ける本質に於いて、大きな違いが、あまり有るとは思えませんがね……]
そんな時に、言葉を必要としない(言葉という混じり気の無い)芸術形態
――造形美術など
を議論の念頭に持ってくる点で、お前("摂"氏)のレッシング的古さが表れている……
――抑々、レッシングは議論に<セニク>ジャンルを導入しているか?
――レッシングはフランス人か?
――どうなんだ?!
<表現が、言葉に依るか否か?>
換言すると、
美術 VS 文学。
[プラトンといい、何か仮想敵をつくって対立関係を煽るのが本当に好きですよね……
――人間って]
議論進展者の勝手な思いつきで定められ、
――単に自分が社会で生きる上で役立つ<実績>を積む、それだけの為の
――個人という観点では利益だが、社会や文化という大きな領域で考えると
<無に等しい>
ジャンル間を分断する<境界線>……」
「け」
と口を開いて、
――口を動かして
実際に発話する"蜘蛛宇宙人"
――表情が顔の上、<軽蔑>以外の解釈を許さない程、明確に、分かりやすくなっていました。
"摂"氏には、音がはっきり、聞こえました
――議論の時の
――格闘時に伝わってくる、相手の<想い>とは違って。
そして、身体の動きは続き
――声はそのヴォーカルから漏れずとも、
朧気な声が続きます
――"摂"氏の、攻撃を目指しながらも失敗した腕は、落ち続けます。
「――そんな<偏見>に捕えられている、偏見が偏見であることすら気付かない者達なんて、何処にだっている
――そんなの、場所の問題ではない
――時代性の問題でもない
――どんな時代にもいる
――二千年前のイタリアだって……
――今だって。
実際、いるし、居続けているだろう……
<英語の天才だ!!>
――として胡散臭い、歳経た現代翻訳家に根拠なく賞賛される文豪がいる
――"センセイ"と持て囃されるヒトがいる
――実力も無い癖に
――そして百年経っても評価の修正は行われない。
今でもそうやって、ジャンル付を勝手にやって、それを個人的嗜好の名の下に<絶対>として他人に押し付けているヤツは少なからずいるのだろう……
お前もそうなのか?
おっと、
<時と場合による>
なんてクリシェな意見はいらないぞ
――そんなの、単に<逃げの一手>だ
追加攻撃の一手が見つからない者による、被害を最小限に収めようとする消極的防御法だ!!」




