はじめての闘い その36
「エオー!!」
と、叫びながら"蜘蛛宇宙人"
――踏み出し
――もう一歩
――黒く焦げた拳を振りかぶって……
<<来るぞ!>>
と"摂"氏が思って<サリーブ>を飲み込んだ
――途端に!
「す」
と"蜘蛛宇宙人"が、立ち止まり、
構えを解きました。
そして、
だらり
と腕を垂らしました。
そのまま
「すたすたすた」
と、"摂"氏の許へ近づいて来ます
――フツーに
――裸足で
――猫背で。
そして、"摂"氏の目の前で、止まりました。
無防備です。
無表情です。
"摂"氏は、
相手が「エオー」と唱えながら
――踏み出してくる勢いのまま、
襲い掛かってくると思っていたので、戸惑いました
――頭の中では、格闘ゲームの様な展開が起こると予想し、その予想が的中していた場合、すでに緊張感のある死闘は始まっていたハズなのです
[喧嘩をした経験など数少ないにも関わらず、格闘ゲームのキャラクターに自分を準えるのは、想像力が豊かなのでしょうか
――それとも、傲慢なのでしょうか?]
予想が外れて――拍子抜け。
目の前に立つ、"蜘蛛宇宙人"。
次に、どうすれば良いのでしょう?
――構えればいいのでしょうか?
――不意打ちで、「先手必勝!」と攻撃するのが良いのでしょうか?
――と、
答えを出す間も無く、
とつぜん"蜘蛛宇宙人"は腕を急に上げて
――三角筋が半円を作ります……
「パンチ」
正拳突きです――
へっぴり腰ですが……
――まるで、目の前にぶら下がったマタタビを叩く<ネコパンチ>……
――それも、それ
「らしきモノ」
――でした。
[抑々(そもそも)、知識人に、ボクサーやカラテ家の様な攻撃ができる訳が…
――なくはないです
――が……
――知識人と格闘家は鍛える場所が違うのですから、出来ようが出来まいが、本来重視すべき能力の有無とはまったくもって関係がないですがね]
その様に考えている間にも、
焦げた拳の接近……
――"摂"氏には、四本の、細い中手骨が見えました。
"蜘蛛宇宙人"の<根性なしパンチ>は
"摂"氏の胸を狙って
――まっすぐ
<<あ、来る>>
ハズがとつぜん、
拳が落下
――フォークボールの様……
その時、
"摂"氏の耳は、音を捉えました
「苦痛を感じる時、身体で苦痛を表現すべきか?」
――という、"蜘蛛宇宙人"の声。
そして、横から見れば放射線を描いて落ちているだろう、そのヒトの<へっぴり腰パンチ>の標的は
胸だ
と予想していたのが、
――ボディ(腹)への攻撃!
であることに気付きます。
命中!
――したとは言えませんが。
"摂氏"は、慌てて防御したのです
――腕を腹部の前に<クロス>して。
[上の様に表現すると表面上、格好よく良く聞こえますが、正確には単に
<接近する拳の根本である手首を掴もうとしたら、焦ってつい掴み損ねたが、そのまま手が相手の拳に偶然当たり、加速し続けるそれの進行を邪魔して軌道を変えた>
という状態でした……
――<偶然>という言葉は、いつでも人間の思考を停止させ、退化させるモノですから、極力語用を避けたいのですがね……]
「ラオコーン問題ですね」
と"摂"氏は呟いていて、
腕の背面にある"防御層"で、攻撃を受けて
――弾かれて遠ざかる、"蜘蛛宇宙人"の拳。
"摂"氏は見返しました。
動き続ける拳は、"蜘蛛宇宙人"の肩と平行のラインで止まり、
腕は直線を描き、
腋が直角となり――
"蜘蛛宇宙人"が、<スマーク>しました。
[その笑みは、<イラ リ>という表現では、相応しいと思えないのです――]
そして、
<<防いだ!!>>
と思った途端、"摂"氏は衝撃を感じます
――"防御層"の下、肉の部分に。
そしてそれは、痛みでした
――すぐに、<痛み浸透領域>に視線を落とします。
"摂"氏の前腕にあるものは、痛すぎる痛みではありません
――が、強く、モノが当たった時に似た痛み。
振動。
感覚。
形而上学的世界に生きる者には、ほど遠いモノ
――そう、生きているという、実感。




