はじめての闘い その35
夜は――
「シーン」
芝の上に立つ"摂"氏の視線の先
――"蜘蛛宇宙人"
――仁王立ち。
そのヒト、両拳を強く握り
――手首を使って胴の方へ曲げ………
肘を外に突き出し
――肘の内角
――直角………
透明の三角形を二つ、腋の下に作っています
["摂"氏から見て、左右の図形は等しいのです――どちらかの接頭辞が「反」なのでしょう]
それに影響されているのか、パフスリーブが弧の丸みを最大にしていて――
"摂"氏はその時、
<<肩が、孔雀の羽根みたい>>
と思ったそうです。
[色がないし――
三角筋を、内角が仮にθと設定された扇型と考えた時、中心点aから弧の上にある定点bまでの長さは、孔雀の羽根ほど長くはないのでしょうが……]
色がない?
――ホントに?
――<「赤」「青」>から<「青」「アンチ赤」>を引き算し、それから虚数をマイナスにして掛けてルート2で割ったモノが、まさにその時の、"蜘蛛宇宙人"の三角筋でした
――そしてそれは貧弱で小柄な"蜘蛛宇宙人"が、最も猛々(たけだけ)しく見える瞬間でした。
そしてそれは、語彙の不足した人間には、単に
<異様>
でしかないのでしょう。
風があるのでしょう
――ポンパドールな前髪の芝が、グリースな艶を見せながら大波の様に他へ圧し掛かっています。
それから"摂"氏は、
"ジュネス"邸<離れ>
――そのバスルーム
の電気を消さなかった
――ことに気がつきました
[節電狂が、場にいなくて、よかったですね]
窓から、電気によって発生した光が、ガラスやカーテンに邪魔されず、直に出て、
"蜘蛛宇宙人"の最も特徴的な肩
――ではなく、
左頬を染めます
――月光は、
右を。
そして、比較的明るくても発生している<影>が
――"蜘蛛宇宙人"そのヒトの、ではありません………
"蜘蛛宇宙人"そのヒトを、<オヴリゼ>に包んでいる様に見えます
――<闇>という殻に全身を包まれたヒト
――まるで黒い石灰石で出来ているかの様に、はっきりと、闇と身体の境界を区別する、濃い輪郭
――その中で、人間の肌の色が夜の中、卵黄の様に、映えています
――強い月光の下でも、輝いてはいませんがね。
そんな明るい暗さ中、
――たとえ同化していても
わかります
――その、ソネットの書かれた焦げた手を、焦げていない手で掴んでから、
「そろそろ」
と"蜘蛛宇宙人"が、切り出しました。
「そろそろ、ソネットの効果も切れる頃だから、もう一回唱えなおした方がいいんじゃね?」
"摂"氏は、反射的に背中に手をやりました
――「――<クミテー>やる前に」と言い終える"蜘蛛宇宙人"。
確かに、唱えたばかりの時にあった硬さは"摂"氏の背中に
――まだありますが
厚さがありません
――もう、腰の肉に手が届きそう
――あと一押し
――する必要はありませんが………。
その時になって、
<<ソネットによって発生する"防御層"は、時間の経過と共に薄くなるのだ>>
そう、"摂"氏は学びました。
"摂"氏が相手を見直すと、"蜘蛛宇宙人"は既に顔の角度を変えて
――俯いていました
――<念仏>が聞こえます……
勿論、<念仏>そのものではありません
――"蜘蛛宇宙人"は、先程唱えたソネットを唱えなおしているのです。
「バズ………」
"摂"氏も慌てて、追いかけました。
"層"を新しくする二人。
先に"蜘蛛宇宙人"が唱え終え
――顔を上げ、
"摂氏"が終わるまで、待つつもりの様です。
そして"摂"氏も………
――最後の言葉、
「称賛」
という単語を発話した
――その時でした。
目が会い、
句点と余韻の間もなく突然、
"蜘蛛宇宙人"は、そっぽを向きました
――その顔
――既に横顔
に、月光が<ランプリ>……
顔の動きに引き摺られる様に上体の向きも変わり
――45度捻り………
――続けて足元も変えるのです………
"摂"氏から見て、両腕を含めて横に広がっていた"蜘蛛宇宙人"の身体は、縦一直線になりました。
しかし直ぐに、爪先だけを45度戻し、
――腕を上げて
――<L>字に曲げ
――黒い拳を、肩に対して平行になる様にしてから
――"摂"氏の立つ方向へ向けて
「いいか?」
――構えて、戦闘準備。
"摂"氏が答える間もなく
「いいな?!」
そして、
「エオー!!」
踏み出しました――その意味、ラテン語で、
「行くぞ!!」




