はじめての闘い その32
目の前、二本足で
しか
と立ち続ける"蜘蛛宇宙人"の後姿を見て
――相手が<<安全である>>ことを確認して、
それから見るべきモノ
――見たいモノ
を"摂"氏は見ます。
視線を落とし
――そこにあるのは、<床>
――ではなく、
自分の<握り拳>。
さらに具体的に記述するなら――
"摂"氏は、自分の
<アブドゥクトル ディギティ クインティ筋>
を不思議そうに見つめていました。
握っている指の強さを掌は感じるのに――
何かを打ち付けた
――即ち<暴力>という
感覚そのものが欠如した、<手>。
痺れの無い手。
痛みの無い手。
普通ではないことが行われたにも関わらず、普通のままであることを示し続ける<手>
――記憶の不一致
――これまで考えていた<自分>という存在の揺らぎ。
それらを考えてから"摂"氏は、
――記憶を頼りにすると……
それを打ちつけた筈である
相手の背中を見やりました
――視界の隅に、<それ>の動きを察知したのを契機として。
"蜘蛛宇宙人"は先程とは違いました
――赤煉瓦の壁の前で、揺れていたのです。
足をしっかり踏みしめて
――上半身だけを動かして
――渦をかいている様で
――そして
――とつぜん
――回転は止まり
「ぐらり」
後ろに向かって倒れ掛かると、
"摂"氏はその腕を伸ばし、支えました
――後ろから
――すくう様に。
そして"摂"氏は――
<上から目線>で見下ろしました。
いくら目線が異なろうとも
――身長が異なろうとも
――同級生でなくとも
――知識量が異なろうとも
――誰が何と言おうとも
――二人は<対等>です
――<その他大勢>とは違って。
二人にとって、そんな事、言う必要も、指摘する必要もないのです。
俯いたままの、"蜘蛛宇宙人"
――陰り、細部がよく見えないその顔
――その後頭部
――その耳
それらを無言のまま、見つめる"摂"氏
――生地がある筈なのに、"防御層"の張られていない"摂"氏の腕、その前半分に
はっきり
感じられる、硬い、プラスティックの様な、"蜘蛛宇宙人"の背中
――生命も
――熱も
――感情も
無い、無機質な、その背中の"層"。
その延長線上にジョイントしている
――呼吸に合わせて盛りあがり、そして下がる、その肩。
そして、"摂"氏は気付きます
――背中を抱えた拍子に、"蜘蛛宇宙人"の異常に発達した三角筋、
その表皮が、露わになっていて
――巌の様に在り
――パンプアップしている筋肉
――その荒れた表面にある、無数の<注射痕>
――近づかなければ見ることの出来ない、小さな、点。
それを、"層"を通じて"摂"氏が目撃した時、"蜘蛛宇宙人"は咳をひとつ、しました
――それを期に、"摂"氏は点から、その視線、その焦点を変えました
――そして、"蜘蛛宇宙人"そのヒトのパフ・スリーブの片方を、片手で掴んで抱え直し
――掌で、表面の傷痕を見えない様、隠した後
「大丈夫ですか?」
――"摂"氏は、自由である方の手を開き、相手の硬い背中を軽く
パー
で、パットします。
<防御の為の層に包まれた背中を叩いてあげても、気道確保に役立つのだろうか?>
と、疑問に思いながら。
「だいじょ――ぶだ」
と、大丈夫ではない者だれもが言うそんなクリシェを放って
――また、ひとつ咳をして
――今度は空咳でした…
"蜘蛛宇宙人"は、顔だけ斜めに、振り返ります。
「眩暈がしただけだ」
そして
にやり
と笑います。
"ジュネス"邸<離れ>にて対峙する二人の間にあるもの
それこそ――<グルーオン>
別名――思いやり
――またの名を
社会に於いて<負け犬>と宿命づけられた者達の
<傷の舐め合い>
――そして<科学>という名刺を使って
――友情という<概念>を使って
――誰も「それ」に、<共感>しないのでしょうね。




