はじめての闘い その30
「ま、すぐにわかるさ」と"蜘蛛宇宙人"。
<<そういう前置きが、さっきから多すぎる…>>
と"摂"は思います
――我慢が足らないですね
――<異化効果>というモノを知らない様です。
「じゃあ、そろそろ試してみよう」と"蜘蛛宇宙人"。
そして、黒革のガンの裾を掴み、
――指の方へ力強く引っ張り、
脱ぎました
――今度は反転しませんでした
――今度は、じわじわ、焦らすことは
――ありませんでした。
露わになる、浅黒すぎるその手の甲に書かれた、白いソネット。
それを見た途端、"摂"氏は息苦しく
――ありません。
「ところで、<それ>はどうなっているんですか?」と顎で示すと、
「それ?」――と、"蜘蛛宇宙人"
――黒革のガンを仕舞いました。
「それ」――と、"摂"氏
――そして、再び露わになった相手の手の甲を指します。
「これ?」
見せびらかして、
「――この黒いのは、日焼けだ」
――結婚指輪を他人に見せる時、特有のポーズ
――指輪がないだけ。
「日焼け――そこだけ?」と、素直に思いを口にする"摂"氏。
「そう――日焼けサロンにある<マシン>を見たことないか?」
"摂"氏が
――見たことがないのです
頷くと、
「あれの小型版が、ウチにはあるから」
<<この館には、日焼け専用の部屋があるのだろうか…?>>
さすがに"ジュネス"邸は豪邸ですが、そうではありません
――ただ"ジュネス・ルィェ"の部屋に、ここで言及された日焼けマシンがあるのです
――小型といっても、それは安いモノではないことは確かです
――そしてそれが効果的であることは、"蜘蛛宇宙人"の綺麗に焦げた手を見ればわかります。
「日焼けでどうやって?」
と、"摂"氏が好奇心なく疑問すると、
「ソネットのラインを型で抜いて、それを手の甲に置いて、紫外線を当てればこうなる」
そして、轆轤に乗せたかの様に、その黒い手を手首の上で、回転させます。
「何の為に?」
「何の為に――って、何の為に<日に焼いたか>訊いているのか?」
「そうです」
「防御だよ」
「防御魔法は、ソネットを口頭で唱えることで発生するのではないのですか?」
「ああ、確かに声を使って唱えた方が、防御効果としては確実だろうな
――つまり、書かれたものを見せるより、音でソネットを示すことによって相手からの攻撃に対する防御効果、さらには相手に対する威嚇効果等をより<確実>にすることが出来るのだろう
――耳へ、ダイレクトに届けるのだからな
――その結果、相手から空気を奪って、息苦しくさせるんだ
――そして奪った空気で層を形成する
――暴力にしろ何にしろ、触れること自体を躊躇わせる層
――攻撃(意欲)さえ萎えされるという副作用…
口で唱えた方が、効果的であることは勿論だ。
――本来、<暗唱できる>ということは、<知っている>ということだ
――つまり、現実に於ける、個人が持つ<知性>という能力の証明行為である
――必ずしも、<呪文を唱えられる>ことが、<内容と意味を理解している>ということとイコール(=)関係にはならないけどな
――だからやはり、口頭で、カンニングせずに<暗唱>してみせた方が、既に書いたものを「自分が書いた」と言って見せるよりも、より個人の実力を証明している様に思う。
でも、そこら辺のヤツには、この程度でいいんだよ」
と言って、顔の前、手を空に向かって突き上げます
――部屋の中
――天井の下
――掲げられる<夏のソネット>。
「そこら辺のヤツ?」
さらに質問され、"蜘蛛宇宙人"は手を降ろしました
――相手をまっすぐ、見つめます。
「ほら、ぐだぐだ意見のある奴いるだろ? これはザコを黙らせるのに効果的なんだよ
――戦う必要もないヤツと戦う手間が省ける
――ただ、これを見せるだけで」
「そうですか?」
「まぁ、お前には効果がないみたいだけどね」
「そうですね」
「そうでなきゃ」
そして"蜘蛛宇宙人"は
にやり
と怪しく笑います。
そして
――何やら
「ぶつぶつ」
唱えはじめました
――ソネットであることはリズムで分かります。
<<聞いたことがある…>>
――しかし、何番かはわかりません。
「――」
ラインの中で、前文を否定してから、"蜘蛛宇宙人"は"蜘蛛宇宙人"であること高らかに宣言しました
――が、"摂"氏にはまだ、ソネットのナンバーが、わかりません。
最後に、<人間悪>について語ってから
――終わりました。
「じゃあ」と言いながら、"摂"氏に背中を向ける"蜘蛛宇宙人"。
そして、
「どうぞ」
「どうぞ?」と、"摂"氏。
「打ってみな」
「はい?」
「だから、背中を打ってみな――硬いから」
そして
――その真っ黒の手で
――その親指で
――自身の<背中>を指しました。
「軽くな――軽く」
――差し出される、"蜘蛛宇宙人"の無防備な背中。




