はじめての闘い その28
"摂"氏の上半身を覆った服が、揺れています
――前半身に寄せては返す
――服の皺
――その、波の様な
――<心電図>の様な
――躍動が眼の下、
見えるのです
――感じるのです
――その胸で
――<<風?>>
しかし、揺れを起こす発生源は、"摂"氏の顔に吹き付けるモノとは逆方向から来ている事が、わかるのです
――感じるのです。
そしてある瞬間、服は背の方に引っ張られ
――引き攣って
――それから弛緩して
――繰り返しました。
"蜘蛛宇宙人"に、肩甲骨と肩甲骨の間を
「ぐるぐる」
まるく撫でられているかの様です。
[しかし、それは服の動きからそう予想しただけで、そうであるとは"摂"氏には、実際に感じられないのです]
[そういえば、そういうテーマのコメディ漫画も昔ありましたっけね……
あれは
「がんがん行こうぜ!」
という作戦の名の下に、
エンディングを迎えたのでしょうか…?]
服の動きは続いています。
「いま、触っているのが、わかるか?」
と、耳元に囁かれる
――その様に届く、"蜘蛛宇宙人"の、か細い、優しい声
――しかし依然として、そうされている事は一切、わかりません
――服の動きは、そうであろう事を示しているだけです
――「そうである」と考える為の根拠である<感覚>は、いつまで経っても、肉と骨を通じて、"摂"氏の意識に到達しないままです。
「これはな……」
と"蜘蛛宇宙人"。
「シェイクスピアのソネットは、防御効果のある<呪文>なんだ
――お前は、シェイクスピアのソネットを唱えることで、背中に防御の層を作っている
――わかるよな?」
――そして、パグの様に小首を傾げました。
"摂"氏はわかりませんでしたが、
頷きました
――防御魔法であるにしろ、妄想であるにしろ
――何にしろ、
"摂"氏の背中にはプラスティックな層
――それらしきモノがあり、それは外界からの刺激を遮断しているのです
――<刺激>が本当にそれがあるかさえ、わからないのです
――感覚が無いのですから。
「これは物理攻撃だけでなく、口頭攻撃からも身を防ぐことができるんだ」
それが、"蜘蛛宇宙人による解説でした。
[<口頭攻撃>という言い方をしました
――しかし、<魔法>と意味は同じです]
そして、
「いいか?」
すると、とつぜん!
「もう一回やるぞ」
その発言
――発言し終わる前に、
――"摂"氏には、風が
――背中から
――前に吹き抜ける感覚がありました
――それは、<衝撃>でした。
しかし、背中の肉
――そして皮膚
に<痛み>はありません
――背中の皮膚に押しよせる、弾力もありません
――何かが触れた感覚そのものがありません。
よって、体勢が崩れることもありませんでした。
「いた…」と"蜘蛛宇宙人"。
そして、
「いま…」
――そして、"摂"氏は振り返ります。
二人は見つめ合います。
「いま、思いっきり叩いたんだけど、わかったか?」
"蜘蛛宇宙人"は生真面目な顔
――冗談を言うつもりでありながらそれを隠す
――冗談を言う者が、頭の中でオチを先に考えて
――吹き出して
――結局、相好を崩してしまう
―-その前の、作り上げられた岸壁の上に立つ真剣な
そんな顔はありません
――シンプルすぎる、シリアス。
"摂"氏は首を左右に振ります。
「オレいま、結構、強く叩いたんだけど……」
そして、
「でも、感じないだろ?――お前」と"蜘蛛宇宙人"。
「そうですね」
"摂"氏は嘘をつきませんでした。
だから続けて、
「この無感覚は、本当にシェイクスピアのソネットのせいなんですか?」と"摂"氏。
「お前――昼間にオレが、思いっきりお前の背中、叩いただろ……?」
疑問形に刺激され、"摂"氏は思い出します
――確かに昼間、"ジュネス"邸のキッチンで背中を叩かれた時
――あの時、痛みは
――ありませんでしたが、
"蜘蛛宇宙人"に背中を打たれた感覚がありました
――身体の大きさに相応しい小さな握り拳が
「どぅーむ!!」
と音を立ててその背中に
「あ、自分はいま、ぶたれたんだ」
という<意識>と<感覚>を発生させたことを
――背中に残る、握り拳の<丸>い跡
――時の経過と共に消え去りながら
――在り続ける、接触
――その記憶、
その時と、この時は、状況が全くもって、異なるのです。
"摂"氏の背中には、何か風船の様でありながら、堅い表面が感じられるだけなのです
――そこに動きも、変化もまだないのです。
それは暴力も残虐
――その兆し、
さえも示唆しませんでした。
"摂"氏には不思議でした
――ただ、不可思議でした。
"摂"氏は素朴な疑問を出しました。
「シェイクスピアのソネットなら、何でもいいんですか?」
「何でも?」
「その…防御としては?」
「さぁ……でも、これまでオレが会った"敵"の中で、防御魔法として、シェイクスピアのソネットを唱えなかったヤツはいない……
もしかしたら
――『大嵐』に登場するエリアルか、『夏真っ只中の夜の夢』あたりの<歌>部分だったら効くのかもな
――知らないけど。
オレが考えるに、防御魔法にはある程度の<抽象>とか、<曖昧>が必要である気がする――ほら、<解釈>って、散文作品の様に情報量が多いとその解釈可能性を狭められるけど、表現が曖昧であればあるだけ
証拠が不足しているから、
だから<個人的解釈>という名の詐欺が行われやすいだろ?
――議論って証拠がなければないだけ、詐欺師がテキトーなこと言っても、反駁可能性は低くなるから。
例えば、ニッポンにいた昔のヒトで、<ムラサキシキブゥ>というヒトがいるらしいけど、そのヒトが書いた詩[短歌]における郭公と、アメリカの<ケン・キージー>という作家が書いた郭公――鳥だよ勿論―――それが同じ<郭公>というテーマを用いているからという理由で
<二人は同一人物である>
とか……
[そう言って、<解釈の自由度>の名の下に、<実績>を重ねている学者は、今もたくさんいます]
――証拠もないのに。
<郭公>というテーマが同じだから<個人的解釈>の名の下に類似点を勝手に作り出し、それを仲間(同僚)に、<仲間だから>という理由で
独創的意見だと
認めさせ、自分が社会に生きる上で役立つよう、<実績>とするんだよ
――ヒトって、そうやってのし上がっていくんだよ
――韜晦、つまり、<とらえどころの無さ>は、ある意味、防御なんだと思う」
それを聞いた時、"摂"氏はとつぜん、
<攻撃>
を感じました
――何の前触れもなく、その後頭部を叩かれた事
――まるで<お笑い>の、つっこみの様に。




