はじめての闘い その27
「その前に」と、"蜘蛛宇宙人"。
そして、"摂氏"に
つかつか
と二歩、近づきました。
二人は対峙して
――"摂"氏は相手の目を見つめます
――下から目線の、ぎょろ目があります。
そして、そんな目で"蜘蛛宇宙人"は
「じっとしてろよ」
そして視線を逸らし
――体勢は前のめり
――片足だけ一歩前を
――踏みしめ
そして、
「ぱん」
と"摂"氏の頬を打ちました
――黒革のガンを嵌めていない手で。
<平手打ち>と呼ばれる、掌を含む手全体を使った攻撃
――というより、指先から第二関節までの領域だけで強く掠って
――弾く様な
<攻撃>
でした。
打たれた拍子に"摂"氏の顔の向きが変わり
――戻り、
目を見開きました。
"摂"氏は痛みを感じませんでした。
打たれた場所に残るモノは、夏や感情の熱さではない、別の<熱さ>でした。
それが表皮に残り
――それが内側へと溶けかかり
――振動しながら
皮膚の表面に浮かび上がってきました。
それは、「ひりひり」でした
――その、ひりひりしたカンジは、<日焼け>故に起こった<それ>と極めて似ていました。
「痛いか?」
「トゥクルムの談話を引用しましょうか?」と"摂"氏。
「いや、いい。でも、感じたか?」
「そうですね――あなたに、頬を、ある程度の力を込めて打たれた、という認識と、その出来事によって起こった結果が皮膚に感覚として残っていて、それを普通の人が<痛み>という概念に当てはめて表現するのだろうという認識はありますが、それが本当に<痛み>であるかどうかは自信がありません」
「とにかく、ぶたれたカンジはあるんだな?」
「ええ――わたしには視覚と記憶がありますから、たとえこの感覚がこの発言をしている最中に消える様なことがあったとしても、最低限、そうだ、または、そうであった、と言えるでしょう」
「わかった」
「わたしはわかっていません――何故、そうされなければならなかったのか…」
「これから解る」
「ええ――そうなのでしょう……その前に、やり返しても?」
――そして、腕を上げます
――振り上げます。
「まぁ待て」
黒革のガンで"摂"氏の胸に触れ
――押し留め、
「――その機会はすぐに来るから」
"摂"氏は軽く突き飛ばされ
――ヨロケないよう踏ん張ります。
釈然としませんが、
<<ひとまず、進行しつつある過程を中断することは止めましょう>>
腕を下ろした"蜘蛛宇宙人"は横を向きます
――そして、ベッドのヘッドが押し付けられている赤煉瓦の壁
――"ジュネス"邸<離れ>の白いベッドルームの壁、唯一の例外
――その上に飾られた写真
――<<古惚けている…>>
――を、目を細めて
――見つめました。
向き直り、
「次に、シェイクスピアを唱えるんだ」
「どのラインを?」
「ソネットだよ」
「あなたの手に書いてあるヤツで?」
「――ほら、お前にも得意なのがあるだろう?」
その時、いくつか思い浮かびましたが、"摂"氏は
<59番>
が<得意>というモノを考えた時に、しっくりくる対象でした。
唱えはじめます。
「そうだ――ほら」
「ほら?」と"摂"氏が中断すると、
「唱えるのを止めるな――ほら、また最初から」
二度目――9行目を過ぎた頃でしょうか…
背中から、それまでへばり付いていた服の感覚がなくなってきた様です
――薄い風船が、背中と服の間に入り込んだカンジ。
唱え終わると、
「ほら」
そして、"蜘蛛宇宙人"は近づき、"摂"氏の背中に、その手をまわしました。
「どうだ?」
――触れられている感覚がありません
――押されている感覚はありません。
「どうだ?」
服に触れたまま、手を揺らしているのでしょう――衣擦れは、上半身の前半分、その肉で感じます。
背中は、兎角、何も感じないのです。




