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温度  作者: 折鋸倫太郎
はじめての闘い
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はじめての闘い その15

 曇りガラスのシャワー室の中で、"摂"氏は、シェイクスピアのソネットを暗唱することをやめます

 ――水は、変わらず、"摂"氏の身体を打ち付けます

 ――身体を伝って

 ――足から流れ落ちて

 ――タイルを伝って

 ――排水溝から下水へ落ちて

 とつぜん、


 「ずずず」


 と、素麺そうめんを啜る様な音を立てました。


 <<あ、素麺たべたい>>


 こんな風な

 ――先程から、変化が全く無い、環境と状況。

 

 <<でも、どこか、変だ>>


 そしてその、まだ不特定である<奇妙さ>の原因を突き止めようと、"摂"氏は観察します


 ――そして、特定しました。


 頭から打たれるシャワーは、前身に流れ落ちていく量と比較すると、背中に流れる量が極端に少ないのです。


 実際、"摂"氏は背中に触れてみました。

 すると、何か堅いモノが、背中にあるカンジがします。

 それは、背中そのものでは、ありません

 ――肉体でも(その一部でも)ありません

 ――しこりでもありません。


 背中にある、背中ではない<層>(レイヤー)なのです。


 そこに在る<何か>は、なにか、

 <艶々(つやつや)したプラスティックを触っている>

 様な触感しょっかくだったそうです

 ――つまり、プラスティックの板が背中にへばりついている

 ――または背負っている?

 ――カンジです。


 しかし、それは、重くはないのです

 ――重さは無いのです。


 そして、その様な背中の<層>は、上から流れ落ちる水をはじいているのです。


 背中の肉に、水が流れる感覚が無いのです。


 "摂"氏は水に打たれながら、身体全体をその手で触れて、そのプラスティックの感覚が、どの程度の、どの範囲まで及んでいるのか、確かめようとしました。


 結果


 ――首から下、脚のくるぶしまで、覆っている様です

 ――それも、身体の後ろ半分だけ。


 "摂"氏は、石鹸せっけんを握って、洗ってみました。

 身体の前は、いくらでも石鹸を滑らせ、洗うことが出来るのに

 ――後ろ半分は、タイルを研いている気分です


 ――背中の肉や広背筋に、石鹸は、どうやっても到達しないのです。


 石鹸の匂いが、シャワールームにこもります。


 しばらく確かめても、"摂"氏には、その<層>の正体が見分けられません

 ――今後、便宜上、これを


 <プラスティック層>


 と呼びましょう。

 "摂"氏は、ひじあたりにある、その<プラスティック層>を、シャワースペースの壁に当ててみました。


 肘に、壁が接触している感覚がありません

 肘と壁の間には、間隙かんげきがあり

 ――どうやっても、

 ――どれだけ肘を押しても、

 ――そのくうの隙間は埋められないのです。


 どうも、その時の肘の感覚は、発泡スチロールを肘で押している様な<固めの弾性>が在るということです。


 そしてある時、

 「ごり」

 と何かが擦れる音がしました

 ――幸いなことに、その時は<軽く>でしたから、"ジュネス"邸のバスルームに傷をつける結果にはなりませんでした。


 その時、


 「おい」


 と声がします。



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