はじめての闘い その12
"ジュネス"邸キッチンには、不穏な空気が漂っています。
窓外に見える、外は怪しい雲行き
――など、ありません
――これ以上無い位の、<快晴>。
暑さに溢れた<普通>の部屋に、普通でない二人さえいれば、自動的に雰囲気は、そうなる模様です。
"蜘蛛宇宙人"の黒い手の甲に書かれた皮膚色の透かし彫り文字を、すべて読まなくとも、"摂"氏には<それが何であるのか>すぐにわかりました
――そして、それが<14行>であるのも。
それも、<ソネット>。
"摂"氏は、全部で<150>程あるシェイクスピアのソネットすべて諳んずることが出来た訳ではありません
――が、これは、暗唱することが出来たモノのひとつでした。
"摂"氏は、溜息をつきたい気分でした
この、"蜘蛛宇宙人"の手の甲に書かれたソネットはあまりにも有名すぎて、どこの馬の骨でも
――鼠の頭蓋骨でも
――猫の脛骨でも
――ベイジン原人の大腿骨でも、
知っているモノなのです
――それぞれに、それを把握する脳味噌があれば、の話ですが。
イギリスでは、赤子が
「おぎゃあ」
と鳴く代わりに、この、<"蜘蛛宇宙人"手の甲ソネット>を暗唱するそうです
――もちろん、これは嘘です。
そのソネットは、「夏」をテーマにしています。
そんな、すこしでも知識のある者なら<知ってて当たり前>のソネットを手の甲に書いて
「どうだ!?」
と見せびらかしている"蜘蛛宇宙人"がいます。
["摂"氏の本心は、「もうちょっとマイナーなヤツ(131番くらい)が来ると思っていたんだけど…」]
さて、取るべき選択肢は③つです。
1、何も言わない。
2、「そんなの誰でも知ってるから、自慢されても困る」と正直。
3、「え~! すっごーい! 知らなかったぁ!」と、大袈裟に嘘。
――もちろん、"摂"氏の取った手は、1番です。
「お前、息苦しくないか?」と、黒い手の甲を見せびらかしながら、"蜘蛛宇宙人"。
「そうですね…」
"摂"氏は、息苦しいのです
――当たり前のことを、得意気に見せびらかされた時の<居たたまれなさ>。
しかし、肺に酸素が不足している訳ではありません。
それを見てとったのか
――それとも、たっぷり息を吸いこんでから、つい漏れてしまった"摂"氏の溜息が実際にあったのか、
「これが何だか、お前本当に、わかってるのか?」と、わざわざ尋ねる"蜘蛛宇宙人"
――必死です。
「ソネットですよね?」と"摂"氏。
「お前、これが何番か、わかるか?」
「ええ」
「じゃあ何番か、答えてみろ!」
――挑戦的に向けられた、人差し指!
"摂"氏は、答えました
――正解でした。
[※"蜘蛛宇宙人"は、<スフィンクス>と違って、身投げをしません]
「お前、知ってたのか?」
と、"蜘蛛宇宙人"は驚きます。
「そりゃ、有名ですからね」
"ジュネス"邸キッチンに満ちた、沈黙。
「なんだよ…」
そして、"蜘蛛宇宙人"は、拗ねました
――小さい唇を尖らせ、岩石パフ・スリーブの様な突出した肩を落としながら、
「ぷい」
――と横を向いた
――それを<拗ねる>とした場合、拗ねたのです。
続いて、"蜘蛛宇宙人"は、自分の誇るべき――モノだった<手の甲>を、
しげしげ
と見つめます。
「だいたい、この手の甲を見せれば一発で、この世の、大体の奴が怯むんだけどな……」
「そうでしょうね」
と、"摂"氏は嘘をつきました
――嘘、というより、それ以外、何と相手に何と言葉をかければ良いのか、分からなかったのです。
その時――




