はじめての闘い その7 ―イヤン イヤンーりあん!―
<<行ってしまった>>
そう思い、"摂"氏が次の一手に戸惑っていると、
――"ジュネス"邸キッチンとダイニング・ルームを区別する高級敷居から再び、"蜘蛛的宇宙人"は姿を表し、
「イアム イエンターウィスティ?」
――つまり、
「朝ごはん、食べた?」
と尋ねてきました。
その小さい目は、先程と、変わりません
――が、先程まで身体全体を覆っていたキツイ印象が、どこか、和らいでいました
――完全に消滅、という訳ではありませんが
――キャラクターが<気分屋>であることは、認めます。
人類が生命を維持し続ける為に必要な食餌のことを、その時、起きて、はじめて考え、
"摂"氏は、腹部に目を落としました。
そして、臍のゴマ上空にて、指先を交差させました
――指の下
――臍の下
――腹の中
――具体的にどこかは、知りませんけど
――そこから、音は
「ぐー」
――と
――鳴りませんでした
――ここで鳴ったら、あまりにもデウス・エクス・マキナの御業を効かせ過ぎですね
――そんなモンが存在するとは、少しも信じていませんけど。
何も変化のないことを確認した"摂"氏が、会話相手を見直すと、
「ん?」
と、その"蜘蛛宇宙人"は、顎を上げ
――てから、パグ(ブルドッグに似た小型犬)の様に、小首を傾げました。
その「ん?」は、"摂"氏の母国語でした。
「ノン エースリース?」
その時"摂"氏は、この<エースリオー>という言葉の意味が、わかりませんでした
――"摂"氏の読む本は、ほとんど、口語体で構成される文章ではなく、ラテン語で書かれた学術的専門書ばかりでしたので、この様な単語に出会うことは、それまで無かったのです
――「はい、言訳一丁、上がり」。
"摂"氏の表情の変化を見抜き、"蜘蛛宇宙人"は、
「サティス エス――イエンターレ?」
と、言い換えました
――「r」が、巻き舌でした
――ラテン語が、イタリア語の親戚であることが、よくわかります
――フランス語では、「r」は痰が絡むので
――たとえ風邪をひいて、声が「がらがら」でなくとも、そう
――そして、そのカンジと響きが、他国語と違い、良いのです!
上記を翻訳すると、
「朝飯食えないくらい腹いっぱい?」
とのこと。
それは理解しましたので、"摂"氏は首を横に二度ほど、振りました。
その時、前にわからなかった言葉の内容も、予想がつきました
――つまり、「ノン エースリース?」とは、
「お前、腹へってねぇ?」
という意味なのです。
ああ、遠くから声が聞こえます
――因みに、幻聴ではありません。
「そんな事、言われなくても知ってるし!」
「そんなもん、常識!!」
「抑々(そもそも)、お前の語り口って説教ξ(くさい)んだよ!!!」
「知ったかぶりしやがって!!」
「生意気だ!」
――そうですね
――すべて、そうなのでしょうね
――認めませんけどね!
もう、"摂"氏は、相手の意図を理解していました。
しかし、"蜘蛛宇宙人"の表情は、
訝しげ
という状態に変化していました。
"摂"氏のジェスチャーは、どうも、きちんと理解しているかどうかを判別する材料としては、その人物にとって、十分ではなかった様です。
だから、
「ハウドネ オプス エスト チビ キブム?(食べ物、いらねぇの?)」と、"蜘蛛宇宙人"。
「リーベンテール イド キャピオー(よろこんで頂きますけど)」と、"摂"氏。
それを聞いて
――頷いてから
――蜘蛛宇宙人な外見をした人物は再び、キッチンに姿を消しました。
"摂"氏も続きます。
「グラーティアス チビ アゴ」
と呟きながら…
――その言葉は、キッチンに消えた"蜘蛛宇宙人"の耳には届かないのでしょう。
代わりに、
――それと同じ言葉は、こんなくだらない小説を読んでくれる、暇で奇特なヒトに、届くとイイと思います。
"摂"氏もキッチンに姿を消すと、
"摂"氏の同級生"ジュネス・ドレ"の鼾だけが、ダイニングルームの<L>(える)の端から、聞こえてきます。
それは、とてつもなく、安らかです。




