英語で100点! その1
「『実力』と、それを包む邸宅」の先を続ける前に、別の話を挿入したいので、
――します。
これは、<ある体験>です。
そして、前の話と時間軸が交錯することは、ありません。
英語で「弱虫」という時、多くは「カワード」と言います。
"摂"氏は、「プシラニミス」と言います。
["摂"氏は、英語でもラテン語の様に発音するのが好きなのです]
二つの単語の違いは、
「弱い」と「怯懦」
程度のモノです
――つまり、同じ意味でも
<簡単な言い方>か、
<むずかしい言い方>か、の差です。
「プシラニミス」だと、アルファベットを<7>個、余計に書かなければなりませんので、普通のヒトは「カワード」で済ませてしまいます。
しかし、"摂"氏は常日頃から、むずかしいことをむずかしく言える様に、努力していました。
抑々(そもそも)、すべてが簡単で、分かりやすくて良いのなら、その「プシラニミス」などという単語が存在する筈がないのです。
簡単で、分かりやすくあってはならない状況が起きた時の為に、"摂"氏はいつでも直ぐにむずかしいことを活用できるよう、準備していました。
そんな"摂"氏は、ずっとシェイクスピア作品を読んでいた時期がありました。
別にシェイクスピアを研究対象としている訳ではなく――単に、
「知っていて当たり前」
と思っていたのです
――好きとも、嫌いとも、思いませんでした。
しかし、シェイクスピアは全作品を<五秒>で読み終え、そして同時に、内容をすべて簡単に理解できるモノではないので
――ひどく手間取りました。
結局、読書をしている間に、シェイクスピアの<フォリオ>という17世紀に出版された<版>、そこで用いられている古典的語用法が、"摂"氏の英語の書き方に、移って来ました。
まるで、シェイクスピアの霊が乗り移る様に
――では、ぜんぜんありません。
まるで、ウイルスの様に<感染した>と言えるでしょう
――身体に害はありませんが。
まるで、ニッポンにある<九つの州>という地に移り住んだ<トーキョージン>の口調に、「バーナキュラー」(方言)である
「~~やけん」
が、うつる様なものです
――この比喩が正しいのかどうかは知りませんけど。
たとえば、
「等しい」という意味の、「イクアル」のスペル最後の「L」は二つ。
「自然」という意味の、「ナチュラル」のスペル最後の「L」も二つ。
「哀しみ」という意味の、「グリーフ」のスペル最後には、「e」をつける。
動詞の「見る」である「ルック」にも、ちゃんと「e」を最後に加えます。
三人称単数の動詞の語尾は、「eth」。
そして、「s」と「v」と「u」も、今とは違う書き方で、気をつけて、書きました。
シェイクスピアの<フォリオ>では、上記の様に記されているのです。
それらは現代、学校の、英語の時間に生徒誰もが<書くべきだ>として教師に教えられる書き方ではないのです。
そんなある日のこと、英語のテストがありました。
テストが始まります。
"摂"氏は、シェイクスピアのフォリオで書かれている通りの語用法で空欄を埋めていきました。
作文の問題では、「アイアンブ」と呼ばれる、<弱強>のリズムで書き、長さはソネットのものに整えて、答えました。
英語の修辞にある「交差対句法」さえ、用いました。
"摂"氏は、自分が出来ることを、テストで証明しようとしたのです。
テストが返ってきた時、"摂"氏は驚きました
――百点満点中、<50点>なのです。




