もびりえ ふゅねれーる その4
それは、季節の無い時でした
――少なくとも、見えない
――俳句を書く者が<季語>を想起する為には素材があまりにも少ない
――(無理やり絞って捻り出さない限りは…)
そんな時でした。
二人は、"ジュネス"邸・前に、舞い降りました。
[※因みに、バス停は、"ジュネス"邸の目の前にありません]
<館>の、饅頭の様な外観に、変化はありませんでした
――それは、腐りはしないのでしょう
――もちろん
――崩れ落ちるには時間が掛かるのでしょう。
芝も
――土地を覆う鉄柵も
すべてが、<以前のまま>
――の様
――ただ、その日は
――あの週末の日の様に
――暑くはなかったそうです。
あの日ほど、色が濃く、なかったそうです。
"摂"氏はすぐに建物を見上げるのを止め
――そして微かに聞こえます
"摂"氏は振り返ります。
車道を挟んで――
曲が始まったのです
――『月光』の、第三楽章。
[まだ、夜にもならないのに……
という
この考え自体が
――どれだけ
――仮の名前がヒトの考えに影響を与えるか、
を端的に示しています]
そして、"摂"氏は気づくのです
――<それ>は楽譜通りで
――音はただ、鍵盤を押しているだけで…
<普通>なのです。
音がひとつひとつ
――粒が
<普通>なのです――
即ち、
<<何かを表そう>>
という、意志の欠如。
<機械的>
――正確さ、ではなく…
――勿論、<音っ外れが無い>という点に於いて、<正確>なのでしょう
――それでも……
<単調>
――そんな印象。
[曲自体は盛り上がっているのに……]
『月光』第三楽章は
――素人が弾くのは
すごく難しい曲
――という点は既に指摘しました
――それなのに……
まるで<それ>は、
放課後、小学校の音楽室から聞こえる
――『ネコふんじゃった』………
そんな旋律。
それも、ピアノを覚えたての子供が誇らしげに
――楽しげに
弾くモノではなく
――<弾く>という技術を持たない友達から
「ねぇ、ピアノ得意なんでしょ?――なんか弾いてよ」
と要求された為に
――何年か練習を習慣的に行っていたのでしょうが
――ピアノを弾くという行為に意味を見いだせず
――「やめようかな……」
そんな心境の者が曝け出す
惰性。
そう
――旋律
――<それ>はあるのでしょう
――ただ
――<戦慄>を走らせないだけ
――<熱さ>がないだけ。
スカラであり
――スカラでしかなく
――テンソルはない。
聞き終わったら
「良かったね」
「すごーい」
とだけ相手に言わせる……――
以前
――あの暑い夜にて、初めて耳にした時
と同じ――
そこまで考えて、"摂"氏は自問します――
<<同じまま?
――本当に、そうなのか?
これは、あの時に聞こえたモノと、同じモノなのか?>>
ピアニストには、<それ>で良いのでしょう
――独創的な表現をしたければ、誰かの曲を弾かず、新しく作曲をすれば良いのでしょう
――演奏家は、独創的な<作曲家>の意志を反映させることが重要で
――楽譜通り弾ければ、単にそれだけで良いのでしょう
――知りませんけど。
[いいえ――この意見が間違っている事は、わかっています……]
"摂"氏は何故か、悲しくなりました
――"蜘蛛宇宙人"が死んだと聞かされても、その感情は産まれなかったのに……。
その悲しさは
<残念>や
<無念>
と意味を同じにしていました。
[曲調が問題なのではないのでしょう――
――長調に変えれば良いという単純な話ではないのでしょう]
立ち止まる"摂"氏に気付いていたのか
――館に先んじていた
"ジュネス・ドレ"が、振り返ります
――付随して
――車が、カーブに差し掛かり、<キュー>ブレーキを掛けた時の様に
「じゃり」っ。
そして最後に
――音を〆るかの様に、
靴の下の
――靴の周囲を取り巻く
小石の揺れ動く、
「かた」
――「どした?」
そう"ドレ"が尋ねると、
「ピアノが――」
そして"ドレ"は、"摂"氏そのヒトに当てていた焦点をずらし
――視線の先が"摂"氏の顔に当たりそうになると
――迂回して
そのヒトの背後を遠く、見やるのです。
口を開きます。
「ああ、すごいうまいよな
――あのヒトのコンサート、すごい楽しいんだよ
――曲の合間にお喋りコーナーがあってさ
――あのヒトのコンサートは、いつもみんな笑ってて
――爆笑、ってカンジで
――あのヒトのコンサート聞きに行ったヒトで、悪く言ったヒト、聞いたことないよ
――ああゆう風に、みんなを楽しませられるって、すごい事だよな」
微笑む"ジュネス・ドレ"は、楽しそうでした。
そして"摂"氏が返事をする前に――
入口に向かって歩き出しました。
"摂"氏も、続きます。




