もびりえ ふゅねれーる その3
「問題は、ラテン語なんだ」と"ジュネス・ドレ"。
「それで?」
――"摂"氏が繰り返します。
「それで?」
――と、怪訝を返す、"ジュネス・ドレ"。さらに、
「それで……って」
「あなただって、ラテン語が出来ない訳ではないですよね?」と、"摂"氏。
「そりゃ、<学校レベル>では、な。
でも、
――ぺらぺらに喋れたり
――長文がすらすら読めるワケじゃない」
「お兄さんは確か、ラテン語に精通してらっしゃいましたよね?」
と"摂"氏が、相手の要求を把握する為、先を促そうとして
――その前に、
「あ、確認なのですが、
今、あなたとわたしが話している対象は、
<あなたのお兄さん
――"ルィェ"さん、
について>で合っていますよね?」
――"ドレ"は頷きます
――そして"摂"氏も頷き返します。
「アイツ、文章を残してて……」と"ドレ"が仄めかすと、
"摂"氏は、相手が語り終えるまで、待ちます。
しかし、
「兎に角、近い内に、またウチに来てくんねぇかな?」
――"ドレ"の背筋がぴんと伸びました
――まっすぐ、"摂"氏を見つめました。
その視線を見ていると、
"摂"氏は
"蜘蛛宇宙人"の
――あの目
――闘いの後、体育座りの上に浮かんでいたあの
<真摯さ>を思い出しました。
「いつです?」と、"摂"氏が具体を問うと、
「いつでも」
「いつか指定していただかないと」
「じゃあ今日」
「これから?」
「これから」
「わかりました」
"ドレ"の顔に浮かぶは、<びっくり!>
――そして、肩の弛緩。
「お前、用事は?」
「どうでもいいので」
と、"摂"氏
――その視線、投げ槍。
「用事、あったんじゃねぇの?」
「ええ、そうですね」
そして、帰り支度を始めました。
「じゃあ、今度でいいよ………」
と
――本心では無いのでしょうが、
"ドレ"が提案すると、
「行くのですか? 行かないのですか?」
"摂"氏は振り返り
――そう、毅然。
バスに乗りながら
――二人は、二人掛け席に座っていました
――バスは混んでいて、通路にヒトが大勢立って
――二人を見下ろしていました…
二人は
――バスがカーブに掛かる度に、大きく揺れながら
互いを、見ない様に
――凭れない様に
していました。
ずっと、黙ったままでした。
だから、
「ところで、どうして<わたし>なんですか?」と"摂"氏が切り出すと、
「<お前>?」と"ドレ"が尋ねます。「どういう意味?」
「わたしは<他人>でしょう?
――お兄さんと」
<あなたとも>
と付け加えようとして
――「無関係なのに」と言おうとして……
"摂"氏は控えました。
その意図に気付かなかったのでしょう
――"ドレ"は表情を変えずに、
「アイツは、<お前>以外と、話さなかったから」
「わたし以外」
「お前以外」
「誰とも?」
「誰とも」
「何も?」
「なんにも」
「でも――」
「子供の頃、言われたんだよ
『ラテン語も話せないヤツとは、口利きたくない!!』
――そんでそれからは、いくら話しかけても、無視
――<上から目線>でさ……
――子供の頃から、だから
[そう言いながら、指を折ります……]
もう十年以上、そう
――<だった>……。
オレが身長抜いても、変わんなかった。
オレだけじゃない
――別の兄貴の方にも、そうだった
――そっちの兄貴は、無視されても結構、挑発してたけど…
――でも、アイツは一言も喋んなかった」
「ご両親にも?」と、"摂"氏が合いの手。
「オレの母親はな、何か努力してたよ
――昔はな…
――手紙でな……
――ラテン語、喋れないから………
でも、止めちゃった
――アイツ、手紙でも返事しなくなったし。
オレの母親は
――ラテン語が読めても、
アイツの書いている事が、難しすぎてわからなかったから……。
まぁ、フツーのヤツにラテン語で書かれた化学式の纏まりを見せて
<わかれ(理解しろ)!>
って言う方が、おかしいけどな
――そう思うだろ?」
"摂"氏は同意をしませんでした。
バスが停まり
――ヒトが出て行き
――ヒトが加わり
再発進。
「でも、最近は発達した通信手段があるそうですから遠距離の方や友達と……」
「ラテン語で話すのか?
――ないない
――この国で、ラテン語話せるヤツなんか滅多にいないだろ?
――海外にだってそういない。
それに
――友達?
言うまでもない
――あんな性格のヤツに、いるわけない」
軽蔑が
「パフ」
と鼻から漏れました。
しかし、すぐに"摂"氏を見て、漏らしたモノを啜り直しました
――そして、窓外を見て
誤魔化そうとします。
"摂"氏は黙っていました。
見上げると、通路に立っていた中年が、視線を逸らしました。
「もう一度確認しますが、あなたのお兄さんは、ずーっと、誰とも、話さなかったのですね?」
「死ぬまで」
――と付け加えようとして
"摂"氏は止めました。
「そう
――お前以外
――あの時
――お前が泊まりに来た時
なんか話したんだろ?」
"摂"氏は同意しながらも、
「お兄さんと、特に仲が良かった訳ではありません」
そして"摂"氏は、
「でした」
を付け加えました
――すると、それまで現実味のなかった<死>が、少しだけ濃くなりました。
それでも、<哀しみ>は、ありませんでした。
「知ってる
――でも、そんなの問題じゃないんだ
<仲が良いか>じゃなく、<理解できるかどうか>なんだ
――アイツに話を限っては」




