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戸惑いの少女と歌喰らう獣  作者: 長野 雪
Ⅵ.誘惑と裏切り
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2.朝不謀夕

 心臓がばくんばくんと踊り続けていた。

 息苦しさに、思わずあたしは喉に手を当てる。


「ナニカ、アリマシタカ?」


 紗幕を開けてカラクリ人形が飛び込んで来る。その、どこか愛嬌のある顔に、あたしの鼓動が少し落ち着きを取り戻した。


「……ごめんなさい。少し、変な夢を見たの。水か何かもらえると嬉しいんだけど」

「ワカリマシタ。モッテコサセマス。コチラヲドウゾ」


 あたしは差し出されたタオルを素直に受け取った。緊張したせいだろうか、首筋や背中が汗で濡れている。


「本当に……イヤな夢」


 あたしは自分に言い聞かせるように声に出した。

 大きく息を吐き、新鮮な空気を吸い込む。

 ハルピュイアの誘いに乗ってみたいと思う自分もいる。でも、それは、ラスへの裏切りに他ならない。


(裏切る? ラスを?)

「ダイジョウブデスカ? ドコカ イタイトコロデモ?」


 やさしい声をかけてくれるカラクリ人形の顔が、ぼやけて見える。それが、自分が涙を流しているせいだと気づいたのは一瞬後のことだった。

 あたしはタオルに顔を埋めた。


「大丈夫、ちょっと気が緩んだだけ、っていうか、うん、本当に大丈夫」


 何とか声に出したとき、外から扉の開く音が聞こえた。きっと、別のカラクリ人形が水を持って来てくれたのだろう。

 あたしは顔からタオルを離すと、寝台に腰掛けた。

 ありがとう、とグラスを受け取ると、そのカラクリ人形はすぐに部屋を出て行った。見守り役は一人いれば十分ということなのだろう。

 冷たい水と思ったそれは、少し味のついたレモン水のようだった。その細やかな心遣いに頭の下がる思いがする。2回、3回と口をつければ、波立った心が少しだけ平穏を取り戻す。


「少し、外に出ても大丈夫?」

「イマハ ヨルデスカラ。モンダイアリマセン」


 あぁ、鳥なだけに夜目が利かないということだろうか。あたしはグラスをカラクリ人形に渡し、バルコニーへ続く窓に近づいた。

 カタン、と音を立てて、あたしがバルコニーへ出ると、冷たい夜風が汗で濡れたあたしの体温を休息に奪う。


「ふわっ、寒い……」


 さすがに寝間着で外に出るのは無理があるか、と思うものの、あたしはバルコニーの手すりまでゆっくりと歩いた。冷たい夜気にあてられ、あたしの頭も冷えてくれるといいんだけど。

 空を見上げれば、半円の月が西の空へ沈んでいこうとする所だった。



「夜空にいまし、月の女神よ

 そは終焉を与え 次の再生までの眠りを守る……」



 こんな夜にぴったりの歌だ。少しぐらい口ずさんでも罰は当たらないだろう。


ズシィンッ!


 地鳴りかと思うような震動とともに、空から銀色の輝きが落ちて来た。見覚えのある状況に、知らず身体が固くなる。

 空から降りて来たのは、銀色に輝く獣。月の光を弾くのではなく自ら輝くその姿に、あたしは見惚れてしまった。

 やがて、歌を途中で止めたせいだろう、獣の姿が闇に沈んだ。


「……変だとは思ったが」


 獣=ラスはあたしの目の前に来ると、鼻先を寄せてきた。


「鳥の匂いがするな……」


 その言葉に、あたしはびくん、と身体を震わせてしまった。


「鳥、……って、あの?」


 何もかも見透かされているようで、恐怖が足元から這い上がってくる。


「夢を見たと言ったな。どんな夢だ?」


 まさか口から出まかせだったとも言えないし、いまさら本当のことを口にするのも憚られた。最初にどうして隠したのか追及されるのと思うと恐ろしくてたまらない。


(それに、何て言うか、……後ろめたい)


 こんなことなら、変にごまかさないでいれば良かったと悔やむが、後の祭りだ。どうしようもない。


「それが、……怖かったと、思うんだけど、よく、覚えていなくて」


 あたしはラスの視線を避けるようにうつむき、寝間着の胸元をぎゅっと握った。


「なるほど、精神的に追い詰めた所に、別の一手で詰める気か……」

(やっぱり、ダメ。ラスを騙すなんて―――)


 本当のことを話そうと顔を上げて、凍りつく。目の前の獣の瞳が、赤く妖しく輝いていたのだ。


「あのボロ鳥め……!」


 自分に対する怒りではないと分かっていても、体がガタガタと震える。


「どうした? 寒いのか」

「……うん。この恰好で外に出るのは無謀だったみたい。部屋に戻るわね。―――大騒ぎしちゃってごめんなさい。もう寝るから」

「そうか」


 ラスが大きな手で、あたしの頭を撫でた。乱暴な手つきにあたしの髪の毛がぐしゃぐしゃになる。


(ごめん、なさいっ)


 その優しい手つきに、あたしの瞳から涙がこぼれる。


「おい……?」


 当惑したラスの声を聞きながら、あたしはぼろぼろと流れる涙を止めることができなかった。


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