表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戸惑いの少女と歌喰らう獣  作者: 長野 雪
Ⅵ.誘惑と裏切り
20/29

1.目挑心招

「ララル~……」


 ネコ足バスタブに沈みながら、調子外れの鼻歌を口にする。

 カラクリ人形には、衝立の向こうに控えてもらったので、気兼ねなく体を伸ばす。やっぱり、最終的にラスに伝わってしまうと分かった以上、目の前で風呂に入るのは避けたい。


「髪の毛も~」


 手入れしておこうと、後ろでひとくくりにした紐をほどくと、何やらはらり、と湯に舞い落ちた。


「…ゃっ!」


 あたしは慌てて払いのけようと手を出した。すると、不思議なことに、たった今、目の前に落ちてきたと思ったそれは、どこにも見つからなくなっていた。


(気のせい……? 目の錯覚……?)

「ナニカ、アリマシタカ?」

「あ、ううん、なんでもないの。ちょっとお尻が滑りそうになっただけ」


 心配するカラクリ人形をごまかし、あたしはたった今見た(ような気がした)それの形を思い出す。

 白い羽根。

 大きさといい、形といい、あのハルピュイアのものだと思ったのだけど―――


(心配のし過ぎで目の錯覚が起きちゃったのかな?)


 今日は少し疲れたのかもしれない。そう思ったあたしは、とりあえず手早く入浴を済ませ、今夜はとっとと寝てしまおう、と思った。



 ◇  ◆  ◇



(あー、もう!)


 あたしはいつもより早くベッドにもぐりこんだものの、寝返りを繰り返していた。原因は単純明快、ラスのことだ。


『心配するな、オレが守る』


 どんな顔で言ったか知らないが、よくもまぁ、そんなセリフを臆面もなく口にできたものだ。


「……でも、家畜、か」


 あたしは吐息だけで呟いた。ラスの言う「守る」は、あたしがヤギのメイちゃんに「守る」というのと何ら変わらない。そう思うと、ひどく胸が痛んだ。


(これ、って、対等に扱って欲しいってことだよね)


 まずい。

 こんなモヤモヤした気持ちのままだと、そのうち、歌の味(?)から、この状態が気づかれかねない。

 どうしたらいいのか分からなくて、あたしは、クッションに抱き着いてごろごろと無意味に転がる。


「―――はぁ」


 転がるのに疲れ、あたしは仰向けで大きく息をついた。そして、異常に気が付いた。


「はぁ?」


 空中に文字が浮かんで見えた。目を何回かパチクリさせてみたが、やっぱりそこに文字がある。


「人の社会に戻してあげる。恋人を作ろうが、子供を産もうが気にしないわ。定期的に歌ってさえくれれば」


 青白く光る文字はこう綴られていた。差出人は、きっとあのハルピュイアなのだろう。


(とりあえず、ラスに知らせないと)


 紗幕の外で控えているカラクリ人形に声をかけようとして、あたしはやめた。


(人の社会に戻る……?)


 家族の元に戻れる、普通の暮らしができる、そして


(自分を家畜だなんて、苦しまなくて済む)


 あたしはぎゅっと拳を握った。自分の気持ちがぐらぐらと揺れているのが分かる。

 それに不安要素もある。あたしはあのハルピュイアのことを知らない。これが本当なのか嘘なのか、それを判断することはできない。


(でも、良く知ってるから、とラスに尋ねるわけにもいかないし)


 あたしはむむむ、と考え込んだ。堅実な商売の鉄則に従えば、判断材料の少ない博打のような選択はしない。でも、これは商売じゃない。

 すると、あたしの視界の隅で何かが動いた。


(あれは……)


 大きな白い羽がふわりと舞い、空中に浮かんだ文字を払いのける。まるで魔法のように文字が消えると、まるで羽ペンのように、また文字を書き始めた。


「今、アタシはとても困っているの。


 トカゲ野郎に縄張りを狙われていて、それをどうにか撃退したいの。

 ほんの少しでもいい、協力して欲しい。

 ここに未練があるのなら、1回だけでいい、アタシのために歌って」

 トカゲ野郎、ということは、他にもラスのような人がいるのだろうか。

 そんなことを考えている間にも、羽はひらひらと動き、文字を綴る。


「トカゲ野郎はケダモノより大嫌い」

「今のアタシでは、うまく撃退できるか分からない」

「これ以上、縄張りを失ったら困る」

「あなただけが頼りなの」


 空中に浮かぶ文字に圧迫され、あたしの呼吸がいつの間にか荒くなる。


「……もういい、やめて!」


 思わず叫ぶと、紗幕の外から「ドウシマシタ?」とカラクリ人形の声が聞こえた。


「早朝、庭で待ってるから」


 空中に浮かんだ光る文字の群れが集まり、その言葉を紡ぎあげる。そして、文字とともに、羽根が溶けるように消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ