第21話 お久しブリーフ
望月明那。彼がサッカーを始めた理由は、兄にあった。
兄の薫は5年前の「奇跡のイレブン」時代に国巻高校サッカー部に在籍。同級生の中で薫は特に美津田と親しかった。
薫は最初はレギュラーだったが、岡山監督の1バックシステムという超攻撃的な戦術を理解しきれず、次第に控えにまわされていった。
それでも明那は兄を尊敬していた。どのような境遇であっても、直向にサッカーと向き合う姿勢は自分も見習おうと考えていたのだ。
兄が去った2年後に、明那も国巻のサッカー部に入部する。しかし昨年の大嶺の傍若無人な戦い方と、選手の意見を尊重しない姿勢に、ホトホト嫌気がさした。明那は薫より技量があったが、忍耐力はなかった。冬の予選で惨敗すると「もう限界だ。」と木村たちに言い残し、練習に来なくなった。退部届けを出さなかった理由を説明など出来ない。出来るとしたらまだ心残りがあったというだけだろう。
薫と親しかった美津田が新監督になったのは知っていた。しかし、半年ほど練習に参加しなかった自分が、また皆の前に顔を出すなど、心苦し過ぎた。
「美津田がお前を連れて岡山さんとの試合を観に来て欲しいって電話してきた!あいつが俺に頼み事なんかしたことは無い。俺もそうだろ?観るだけでいいから!」尊敬する兄からの初めての頼み事を、明那は断れなかった。むしろ、心の中のもどかしさに決着をつける良い機会と考えるようにした。
薫と一緒に大剛高校のグランドを訪れると、そこでは懐かしいメンバーたちが戦っていた。
しかし、実際の距離よりも彼らを遠くに感じずにはいられなかった。
「もう、違うんだなやっぱり。」そう心の中でつぶやいた。
「こっちだぞー!」美津田の大声が聞こえた。
「よく来たな!薫!明那!!」満面の笑みを浮かべながら美津田がそういうと、遠くで岡山監督がこちらを見入っていることに薫が気付いた。同じタイミングで、明那は木村の視線に気付く。国巻の選手をゆっくりと見つめてみると、明那は驚いた。小鳥遊がフィールドにいたからだ。
「小鳥遊!・・・辞めたはずじゃ・・・。」
そう心の中で思っていると、「お前と一緒だったのさ」と美津田が話しかけてきた。
「明那、『戻ってくれ』なんて言わない。ただ観て欲しかったんだ。こいつらをひたすら観てくれればいい。そしてどうしたらいいか自分で決めてくれ。」それだけ言うと、美津田は二人を自分の隣に座らせた。
若宮や新入部員たちは何のことだかよくわからなかったが、関与してはいけない雰囲気だけは感じ取れた。
試合は前半残り5分となる。この頃にはスタメン全員が望月明那の存在に気付いていた。
「なんで今更望月なんだよ。」中林は愚痴気味につぶやいている。
「さて南部、これまでで何か弱点は見抜けたか?」
「えぇっと・・・。あのスイーパーはキーパー出身だから、少し背後のボールは苦手ですかね。」
「だな。」それくらいは美津田も見抜いていた。
「えぇっと・・・あとは良い所しか見当たりませんよ。」
「そうか、言ってみろ。」
「え?」
「何かヒントがあるかも知れない、とにかく言ってみろ。」
「そうですね。とにかく身体能力が高いですよ。足が速いしジャンプ力も高いし。しかも目が良い。」
「目!?」
「え?・・・はい。」
「・・・どう目がいいんだ!?」
「たぶん、ぼくら日本人より視力が高いんだと思いますよ。」
「・・・なんでわかった?」
「その・・・、たぶんですけど・・・。」
「いいから言ってみろ!」
「はい。あ・・・あのスイーパー、ウチの選手がボールを蹴りだす瞬間から走り出してるんです。全部。」
「全部!!?」
「えぇ。最初の鈴木くんのロングパスもそれ以外も、キックするモーションを確認したらすぐに久保さんに向かって走り出してますから。あの5番にカットされそうでも、キックモーション入ったと同時に走り出してます。」
「・・・南部。」
「はい?」
「よくやった!!!」
「え?」
すぐに美津田は立ち上がると、ボランチに入っている綾篠と小鳥遊を呼んで「あと一回はボールを奪ってみろ!後ろにボールあげていいから!」と言った。
綾篠は必死になって追いかけるが取りそこなう。しかし、ボールを持っていた大剛のサイドバックは後方から竹下がプレスしてくるのを確認すると、横パスをする。これを小鳥遊がカットした。すぐに秦原が取りに来たので急いでDFの木村にパスをすると、木村は中林に1タッチでボールを預ける。この試合、まともにボールに触れずフラストレーションが溜まっていた中林は久保の位置をしっかり確認してロングボールを蹴りだした。
美津田はこの瞬間に大剛のスイーパであるラファエル佐々岡に注目する。
コート半分を越える距離で、ラファエルはしっかり中林がボールを蹴る瞬間を目視し、足にボールが触れたと同時に走り出した。精度の高いボールだったが、久保には渡らず案の定ヘディングでサイドに弾かれてしまったが、美津田はニヤリと笑った。
「南部、お前はすごい奴だ。」
それだけ言うと、美津田は黙って座り込んだが機嫌がいい。
望月明那は何のことか全くわからなかったが、兄の薫は美津田の上機嫌な姿を横で頼もしそうに眺めていた。
その後は互いに決定打なく前半終了。
0-1
美津田は選手達を集めてまずこう言った。
「望月は今日は観戦にきた!色々と因縁深い試合だからな。お前達は試合に集中してくれればいい。」
3年生たちは望月の兄が「奇跡のイレブン」の控えだったことを知っていた。だから「因縁深い」という言葉に少し納得できた。
「さて、後半に向けてだが、3日前の問答を覚えている奴はいるか?」
「3日前?」久保が呆れ気味にいうと、鈴木が手を上げた。
「鈴木、言ってみろ!」
「はい!もし僕らのチームから二人退場者が出たらどうするか?ですよね。」
「正解だ!!」久保以外のメンバー達も思い出した。その日の問答はいつもと違ってシュチュエーション付きの問答だったため、印象深かった。
「どんなだった?竹下、言ってみろ。」
「えぇっと、とにかく失点を防ぐのを目的にして、DF4人と中盤4人が中央に寄っていく。しかも、間隔をとにかく詰めて。」
「正解だ!」
・・・正解するのは当然だった。3日前の問答で、この結論を導き出したのは竹下だったからだ。
「あの問答を再現してみろ。そうすればチャンスはある。」
「9人攻めてきてるのに、二人も守備をしないんですか?」
「実際こちらも9人で守備してるんだ。イーブンだよ。」
単純計算での言い分だが、松田は反論出来なかった。
「パスの出し手が一人とカウンターに二人が攻める戦い方は、今までやってきただろ?それを実践すればあとは勝機もあるさ。」
「そんな簡単にいきます?あのスイーパーは化け物みたいっすよ。」
中林の発言に「不謹慎だ!」と美津田は無言の説教を睨みで伝えると、「弱点は見つけた。南部、言ってみろ。」と告げた。
皆の前に初めて立った南部が緊張しながら語る。
「あのスイーパーはですね。足も速いし体も強いんですけど・・・め・・・目もすごいんです。」
「目?」木村が食い付いた。
「はい。」
その後、南部は美津田に話したことと同じ内容をメンバー全員に伝える。話し終えた途端、美津田は「この長所を弱点として衝く方法はないか?」と全員に訊ねた。
木村が視線を横に送る。それを美津田は見逃さなかった。
「木村、どうした?」
「え?」
「何を考えた?」
「俺は何も、ただ・・・。」
「ただ?」
「こういう時、望月ならいいアイデアが浮かんでるはずですよ。」
3年生たちが木村を見た。幽霊部員に意見を求めるのか!?という思いが半分だったが、残りの半分の気持ちは木村に賛同出来たからだ。
望月はゲームメイクのセンスに長けていた。1年生から試合に出ていた彼は、左利きのため左サイドに張らされていたが、試合を落ち着かせたり展開させたりする視野の広さは秀逸だった。
「どうだ?明那。」
美津田に見つめられながら質問されたのは初めてだった。横から兄に肘でつつかれると、仕方なしに話し出す。
「その・・・1回キックフェイントを入れるだけで彼は動揺するでしょうね。あの5番が絶対カット出来ないポイントで、尚且つもうちょっと前から蹴れれば、チャンスは・・・。」
「ありがとう、望月。」美津田がそれだけ言って終わろうとすると、突然中林が立ち上がった。
「・・・出来ねぇよ。」
「え?」
「んなこと出来ねぇよ!」
「中林!やめ・・・」木村が仲裁しようとしたのを美津田は両手で肩を掴んで静止した。
「中林・・・、だよな。今更偉そうに俺が言っても・・・」
「違う!!!」
望月が中林を見つめる。比較的木村や大下と仲の良かった自分は、ここまで中林と面と向かって話したことは無かったと感じていた。
「俺らじゃ出来ねぇんだよ!上手く蹴ったってさ!全然決まらねぇんだよ!点が!!腹立つけどさ!お前が抜けた途端に俺、全然アシスト出来ねぇんだよ!!知らねぇだろ!?お前が抜けてから俺がアシスト出来たのキーパーの坂田だけなんだぞ!!!どんだけ情けねぇかわかるか!!?」
「坂田?」先日の滝沢達との試合を知らない望月は、本当に何のことかが分かってなかった。
「お前っていっつも偉そうに喋ってさ!正直好きか嫌いかだと・・・まぁそれはいいよ!でも、お前が言うことって当たってるんだよ!しかもお前のやるようにやったら上手くいくんだよ!!」
途中で兄の薫の存在に気付き、好き嫌いは言及しなかったが、中林は思いのたけを可能な限りぶつけようとしている。
「お前がいないと出来ねぇんだよ!そういうことは!!早く着替えろ!とっととピッチに立てや!俺はもう・・・スタミナ切れだから。ちょっと・・・休ませてもらうからよ・・・。」
そこまで言うと、中林は座り込んで下を向いた。
望月は呆然とたたずんでいる。
少し沈黙があった後に、大下が話しかけた。
「望月、お前はここにいていいんだよ。」
望月は周りを見渡した。
「だって・・・俺。もうずっと・・・。」半年間練習に参加しなかった男はそこまでしか言えなかった。
「責任感じてんのか?」冷静に戻った木村が訊ねた。
「俺は・・・おまえらが一番しんどい時に・・・。」
ここまで沈黙していた美津田が望月に語りかけた。
「責任を感じるなら、責任を果たせ。」
「え?」
「半年分の責任は、このまま沈黙して果たすか。ピッチに立って果たすかのどちらかだ。」
「・・・。」
「どっちでもいい。お前が決めろ。ただな・・・。」
「ただ?」
「お前が必要なんだよ。みんな。」
再び望月は周りを見渡した。今まで白い目で見られていた感覚が、段々と薄れていくのを感じる。
「どうする?」決断の時を迫られた。
「・・・や、やります!」望月は目頭をあつくしながら力強く言い切った。
「よーし!実はそうくるかもと思って、お前を控えのメンバーに入れといた!ユニフォームもちゃんともってきてやったぞ!だろ?薫。」
後方で望月薫はこっそり持ち出していた明那のユニフォーム一式をカバンから取り出した。
「すぐに着替えて来い!後半がもうすぐ始まる!!」
「はい!」
望月明那は急いで校舎裏へと走っていった。
軽く戦術の再確認をすると、メンバー達はゆっくりとグランドに散っていった。
「俺が来る必要ってそんなにあったか?」薫は意地悪そうに訊ねると「ここからが面白くなるんだろうが。」とだけ美津田は答えた。
中林は黙って美津田の横に座り込むと、思いっきり背中を叩かれた。
「!!?なんすか!!!?」
新監督からの初めてのスキンシップが手荒いものだったので、中林は驚いている。
「俺は正しかった!」
「は?」
「お前をキャプテンの一人にしたのは正しかった!」
美津田はそれだけ言うと、着替えてきた望月にボランチに入るよう指示を出した。
中林は再び下を向く。しかし、その表情には薄っすらと笑みがこぼれていた。
タイトルとストーリーの温度差が半端無いっす




