Act.22「眠れる誘惑」
車通りの少ない夜の街を、愛車のハイエースは滑るように進む。
先程抱えるようにしてなんとか助手席に乗せた彼女は、もうすやすやと寝息を立てている。
「まったく、呑気な顔しやがって」
初めは若干腹が立っていたものの、彼女が隣にいるというこの状況がちょっと嬉しいと思ってしまっている自分に苦笑した。
(それにしても、一体何があったんだか・・・)
彼女は元々酒に弱く、自分からはあまり飲まない。
以前俺の部屋に泊まりに来た時、一緒に晩酌をと勧めた事がある。
自分はまだ未成年だからと主張して断る彼女に、数えでは20歳なんだからと言って半ば強引にビールを注いで飲ませた。
しかし、彼女はコップ半分も飲まない内に真っ赤になり「もう飲めない」と早々とギブアップしてしまった。
そんな彼女が自分から、しかもここまで酔うほど飲むなんて・・・・。
「・・・・・・ん・・」
「起きたか?」
「あれ?お兄ちゃんがいる~」
どうやらまだ寝ぼけているらしく、ぼんやりした顔で不思議そうにこちらを見つめている。
「大丈夫か?もうすぐ着くぞ」
もう前方にマンションが見え始めていた。
「んー・・・・眠い」
眠そうに目をこする彼女を横目に、俺はマンションの駐車場へと入り、車を停めた。
「ほら、着いたぞ。降りられるか?」
「んー・・・・」
半分眠りの中にいる彼女を見て、俺はふぅと小さく溜め息を吐いて車を降り、助手席の彼女を抱き抱えて自分の部屋へと向かった。
「ふぅ~~・・・・」
脱力した女というのは、全く洒落にならないくらい重い。
俺はなんとか部屋のベッドに彼女を降ろすと、ようやく一息ついた。
「まったく。一体何だってこんな事になったんだか」
俺のベッドを占領してすっかり眠りこけている彼女を横目に、俺は深い溜め息を吐いた。
「んっ、んんっ・・・・・・」
寝返りを打ちながら悩ましげな声をあげられ、俺は一瞬ドキンとした。
(落ち着け俺!アイツは寝てるだけだ。別に俺を誘ってる訳じゃない)
ドギマギする俺をよそに、彼女はこちらに背を向けてすぅすぅと寝息をたてている。
「・・・・・お兄ちゃん・・・・」
「わっ、何だ、起きてたのか?」
思わず驚いて声をあげたが、その直後にまたすやすやと寝息が聞こえて来た。
「何だよ寝言かよ。・・・・て、寝言!?」
言っておくが、彼女に兄はいない。
彼女にとって“お兄ちゃん”と言えばまず俺の事だろう。
(寝言で俺を呼ぶなんて・・・・)
不覚にも可愛い、と思ってしまった。
目の前には無防備に眠る彼女の姿があり、見なれた筈のその姿は、酒に酔っているせいか、妙に色っぽく、俺を誘っているようにさえ見え・・・・。
「落ち着け俺!相手は酔っ払いだぞ?」
思わずどうこうしたい衝動に駆られた俺は、声に出して自分を叱責した。
いくらなんでも、酔って動けなくなった相手に手を出すとか、鬼畜の所業だろう?
実を言うと、あれから2カ月もの月日が経っているというのに、俺達はまだ“そういう関係”にはなれていない。
俺の部屋に彼女が泊まる事自体は珍しくない。だというのに、同じ部屋で夜を過ごしながら、今まで一度たりとて“そういう行為”に及べた試しが無い。
世の人から見ればかなり信じられない話だろうと思う。当の俺だって信じ難い。
しかしそれは紛れもない事実だ。
彼女が未成年だから、というのは建前で、本当のところ、俺は怖かった。
純真無垢な彼女を、俺の手で汚してしまうのが。
彼女は、あまりにも甘く危険な果実だ。口付けるだけで、痺れるほどの甘さで俺を酔わせる。手加減してやれる自信など、正直、ない。
激情に負けて事に及ぼうとした俺の前で、彼女がその小さな身体を震わせるのを見た時、俺は激しい罪悪感に駆られた。
『せめて彼女にそういう覚悟が出来るまでは待とう』
そう心に決め、今に至る訳だが・・・・。
「ん、んんっ・・・・・・」
悩ましい声が、俺の鉄の理性を揺さぶっていく。
「ああもうっ、畜生、人の気も知らないで!」
半分やけくそで叫びながら、俺は床に増やされたソファーベッドに身体を投げ出し、無理矢理目を閉じた。