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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第三章「軋む歯車」

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Act.23「ひと時の戯れ」

・・・・声が聞こえる。


「・・・・ちゃん、お兄ちゃん」


ぼんやりする意識の中、俺はゆっくり目を開けた。


「あ、やっと起きた」


「・・・・・うわぁあああ!!」


超至近距離で俺を覗き込む彼女の顔に、俺は思わず叫び声をあげた。


「何だ!?何でお前がここに!?」


戸惑う俺に、彼女は小さく溜め息を吐いて言った。


「それはあたしが聞きたいよ。何であたしここにいるの?」


彼女の言葉に、俺はぼんやりしていた頭をフル回転させ、なんとか記憶を手繰り寄せた。


(ああそうだ。昨夜コイツに呼び出されて・・・・)


俺はようやく事の顛末を思い出した。

さっきの発言から察するに、目の前の彼女はどうやら昨夜の事を覚えていないようだが。


「お前、本当に昨夜の事覚えてないの?」


「うーん・・・・。一人で飲みに行ったとこまでは覚えてるんだけど・・・・」


どうやら本気で忘れてるらしい。

俺はある事を思い付き、大袈裟に溜め息を吐いた。


「はぁ~・・・・。お前、そりゃないだろ。昨夜はあんなに激しく求めて来たくせに」


俺の言葉に、彼女の顔色がサーッと変わった。


「なな、何ソレ!?はは、激しく求めたって、ああ、あたしが!?」


物凄い勢いで動揺している彼女を前に、俺はダメ押しのように一際大きく溜め息を吐いて言った。


「まさか忘れちゃったとはね。悲しいなぁ。俺、凄く嬉しかったのにさ」


「・・・・あ、あの・・・・、あ、あた、あたし、ほ、本当にそんな事を?」


動揺のあまり口をぱくぱくしている彼女の様子に、俺は思わずぷっと吹き出し、大声で笑い出してしまった。


「ちょっ、ちょっと、何がおかしいの!?」


俺はひとしきり笑い、目に涙を浮かべながら答えた。


「いやー、悪い悪い。うーそ。冗談だよ。いくら酔ってたからって、お前がいきなり俺に迫る訳ないだろ~。あはははは!」


たまらずに大笑いする俺に、彼女は恨めしげな視線を送って口をふくらませた。


「う~~。酷いよお兄ちゃん!」


「悪い悪い。けどお前が悪いんだぞ、覚えてないとか言いだすから。まったく、昨夜俺がどれだけ苦労してお前をここまで運んだか・・・・」


すると彼女は一瞬キョトンとし、やがてその顔色がサーッと青くなった。


「ん?その顔は、思い出したみたいだな。大変だったんだぞー、まったく。何があったか知らんが、あそこまでなるほど飲むのは感心しないな。俺が行けなかったらどうするつもりだったんだ?まったく・・・・」


俺の言葉に、彼女は頭を垂れ、すっかり落ち込んだ様子で力なく呟いた。


「・・・・ごめんなさい」


そのあまりの落ち込みように、俺はちょっと罪悪感に駆られ、彼女の頭をポンポンと優しく叩きながら声をかけた。


「ん、わかればよろしい。で、一体何があったんだ?お兄ちゃんに言ってみなさい」


「・・・・うん、えっと、あの・・・・」


何やらとてつもなく歯切れ悪い様子で言葉を濁した彼女に、俺は優しく頭を撫でながら言った。


「お母さんの事か?」


瞬間、彼女の身体がビクッと震えた。


「どうして・・・・」


「そりゃ分かるさ。大事な妹の事だからな」


優しく見つめた俺の目を、彼女は戸惑いながら見つめ返した。


「話して、いいの?後悔・・しない?」


「ああ。もちろん、お前が話したくなければ無理には聞かないけど、な」



――――今になって思う。

この時が多分、最後のチャンスだったのだ。

無力すぎる俺が、それでも彼女を救える筈だった、唯一の・・・・。

それに気付くのは、それからずっと、後の事だった。

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