Act.23「ひと時の戯れ」
・・・・声が聞こえる。
「・・・・ちゃん、お兄ちゃん」
ぼんやりする意識の中、俺はゆっくり目を開けた。
「あ、やっと起きた」
「・・・・・うわぁあああ!!」
超至近距離で俺を覗き込む彼女の顔に、俺は思わず叫び声をあげた。
「何だ!?何でお前がここに!?」
戸惑う俺に、彼女は小さく溜め息を吐いて言った。
「それはあたしが聞きたいよ。何であたしここにいるの?」
彼女の言葉に、俺はぼんやりしていた頭をフル回転させ、なんとか記憶を手繰り寄せた。
(ああそうだ。昨夜コイツに呼び出されて・・・・)
俺はようやく事の顛末を思い出した。
さっきの発言から察するに、目の前の彼女はどうやら昨夜の事を覚えていないようだが。
「お前、本当に昨夜の事覚えてないの?」
「うーん・・・・。一人で飲みに行ったとこまでは覚えてるんだけど・・・・」
どうやら本気で忘れてるらしい。
俺はある事を思い付き、大袈裟に溜め息を吐いた。
「はぁ~・・・・。お前、そりゃないだろ。昨夜はあんなに激しく求めて来たくせに」
俺の言葉に、彼女の顔色がサーッと変わった。
「なな、何ソレ!?はは、激しく求めたって、ああ、あたしが!?」
物凄い勢いで動揺している彼女を前に、俺はダメ押しのように一際大きく溜め息を吐いて言った。
「まさか忘れちゃったとはね。悲しいなぁ。俺、凄く嬉しかったのにさ」
「・・・・あ、あの・・・・、あ、あた、あたし、ほ、本当にそんな事を?」
動揺のあまり口をぱくぱくしている彼女の様子に、俺は思わずぷっと吹き出し、大声で笑い出してしまった。
「ちょっ、ちょっと、何がおかしいの!?」
俺はひとしきり笑い、目に涙を浮かべながら答えた。
「いやー、悪い悪い。うーそ。冗談だよ。いくら酔ってたからって、お前がいきなり俺に迫る訳ないだろ~。あはははは!」
たまらずに大笑いする俺に、彼女は恨めしげな視線を送って口をふくらませた。
「う~~。酷いよお兄ちゃん!」
「悪い悪い。けどお前が悪いんだぞ、覚えてないとか言いだすから。まったく、昨夜俺がどれだけ苦労してお前をここまで運んだか・・・・」
すると彼女は一瞬キョトンとし、やがてその顔色がサーッと青くなった。
「ん?その顔は、思い出したみたいだな。大変だったんだぞー、まったく。何があったか知らんが、あそこまでなるほど飲むのは感心しないな。俺が行けなかったらどうするつもりだったんだ?まったく・・・・」
俺の言葉に、彼女は頭を垂れ、すっかり落ち込んだ様子で力なく呟いた。
「・・・・ごめんなさい」
そのあまりの落ち込みように、俺はちょっと罪悪感に駆られ、彼女の頭をポンポンと優しく叩きながら声をかけた。
「ん、わかればよろしい。で、一体何があったんだ?お兄ちゃんに言ってみなさい」
「・・・・うん、えっと、あの・・・・」
何やらとてつもなく歯切れ悪い様子で言葉を濁した彼女に、俺は優しく頭を撫でながら言った。
「お母さんの事か?」
瞬間、彼女の身体がビクッと震えた。
「どうして・・・・」
「そりゃ分かるさ。大事な妹の事だからな」
優しく見つめた俺の目を、彼女は戸惑いながら見つめ返した。
「話して、いいの?後悔・・しない?」
「ああ。もちろん、お前が話したくなければ無理には聞かないけど、な」
――――今になって思う。
この時が多分、最後のチャンスだったのだ。
無力すぎる俺が、それでも彼女を救える筈だった、唯一の・・・・。
それに気付くのは、それからずっと、後の事だった。




