Act.21「深夜の電話」
孤独は人を怠惰にし、じわじわと真綿で絞めるように心を殺していくのだと、一年前のあの日から、俺は嫌という程思い知っていた。
彼女と出会う前の俺は無機質で、一心に仕事に打ち込んでいる時以外は、何をするにしても時間が長く感じていた。
とりわけ仕事の約束の無い休日など、何をしていいか解らず持て余してばかりいた。
しかし、それまではこの先永遠に続くように思えていたその無機質な時間は、彼女という新たな要素が加わってからは、全く違った側面を持ち始めた。
俺をとりまいていた色の無い世界はすっかりその色彩を取り戻し、無味乾燥だった筈の俺の日常は、心が浮き立つような輝きを放つ貴重な物に変わった。
彼女と過ごす時間はいつだって楽しく、あっという間に過ぎていってしまう。
キスの雨を降らせたあの日からもう二カ月。俺は事ある毎に彼女と過ごすようになった。
とは言っても、俺が彼女と過ごせる時間は、多くて週に一度あるかないかだ。
一年前のあの日以来、勤めている会社とは別の仕事を個人で請け負うようになっていた俺はとにかく忙しく、日付が変わるまで仕事が片付かず、あちこち駆けずり回らねばならない事がほとんどだ。
無味乾燥な時間を過ごすのが嫌だったからとはいえ、彼女という安らぎを得た今となっては、この忙しさがとてつもなく煩わしい。
しかし、ここまで広げてしまった仕事の枠を今さら縮小する訳にはいかない。
俺は歯がゆい思いに内心舌打ちしながら、相変わらず減らない仕事をこなし続けていた。
彼女からある電話がかかって来たのは、そんな忙しい毎日の最中だった。
「・・・・はい、笹宮です」
「あはは。お兄ちゃーん、元気ぃ?」
受話器越しに聞こえてくる声は、明らかにいつもの彼女とは違った。
「お前、もしかして飲んでるのか?」
「せいか~い♪ちょっと飲み過ぎちゃって~。ねえお兄ちゃん、迎えに来てくれない?」
時計を見ると、午後11時過ぎだった。
仕事も大分キリがついたところだし、何よりこの明らかにマズイ状況の彼女を一人で放っておくのはどうにもためらわれる。
「で、今どこにいるんだ?」
「ん~、会社の近く」
「じゃあいつもの駐車場で待ってろ。15分で行く」
「わかった」
電話を切ると、俺は急いで書類を片付けた。
急がないと、今の彼女一人で夜道を歩かせておくのはかなり危険な気がする。
俺はとるものもとりあえず車へと向かった。
幸い休日のこの時間なので、道路は空いており、ほどなくして目的地へ着く事が出来た。
「あ、お兄ちゃ~ん、うふふ、お迎えありがと~~♪」
会社にほど近いその駐車場で車から降りた時、彼女はもうすっかりへべれけになってその場に座り込んでいた。
「おいこら、何そんなになるまで飲んでるんだよ!?」
「あはは。も~、お兄ちゃんたら怖~い。よいしょっと・・・わっ!」
完全に酔っ払いの状態になった彼女は、立ち上がった途端によろめいてしまった。
「危ない!」
俺は彼女がコンクリートにたたきつけられる寸前のところでどうにかその身体を受け止めた。
「ばかっ!危ないだろ!!」
「あはは、ごめ~ん」
笑って言う彼女をどうにか立たせ、俺は苦い顔で尋ねた。
「まったく、こんなになるまで一体誰と飲んでたんだ?」
すると彼女は、酔いのまわった上機嫌さで答えた。
「ん~、一人だよぉ」
「は?お前、一人で飲んでこんなになったの?」
「うん、そう。悪い?」
不機嫌そうに眉をしかめる彼女に、俺は小さく溜め息を吐いた。
「お前なぁ、一応若い女の子なんだから、外で一人で飲むとかやめなさい。危ないでしょ」
「ぶぅ~、いいじゃない。あたしだって一人で飲みたい時あるんだから~」
そう言って口をとがらせる彼女に、俺は何となく違和感を覚えて尋ねた。
「お前、何かあったのか?」
「ん~、大した事じゃない」
と言いつつ、その瞳に暗い影が宿るのを、俺は見逃さなかった。
「言いたくないなら、無理には聞かないけどさ。とりあえず車乗れよ。送ってやるから」
「いや!帰りたくない!」
「帰りたくないって、お前・・・・」
「やだもん。今日は家、帰りたくない」
(これは・・・もしや・・・・)
俺の頭に、彼女の家族の事がよぎった。
ひと月ほど前、彼女は寮から出てアパートを借りた。
実家から母親を呼び寄せ、二人暮らしをしていると聞いていた。
この様子から察するに、多分、その一緒に暮らしている母親と何かあったのだろう。
「わかったよ。今日は俺の部屋に泊まればいいから、とりあえず車に乗りな」
「ほんと!?ありがと~、お兄ちゃん大好き!」
抱きついて頬にキスして来た彼女を、はいはいと適当になだめつつ、俺は彼女と共に車に乗り込んだのだった。




