第14話 太古の焼きリンゴ
ブラウベーレ公は丸二日も寝込んでいた。昨晩が峠だったが、なんとか乗り越えてくれた。医務官曰く、刺し傷はちょうど筋肉の部分で止まっていて、幸運なことに内臓や大きな血管を傷つけてはいなかった。あのバカ筋肉も少しは役に立ったらしい。
僕はリンゴの芯を芯抜きでくり抜いていたところだ。去年の秋に採れた最後のリンゴがまだ倉庫に残っている。これで、焼きリンゴを作ろうと思うのだ。貫通しない程度に穴を開け、種を取り除き、ここにシナモンシュガーとバターを詰め込む。この間のピーマンといい、またなにかを詰め込んでいる気がする。
リンゴの皮が破裂して裂けないようにフォークで何ヶ所か小さく穴を開けて、あとはオーブンに監禁して焼き討ちにするだけだ。
「──完成!」
バニラアイスクリームを添えて、シナモンをもう一度振りかければ、スイーツ店もかくやの完成度。リンゴの甘酸っぱい香りが厨房に充満して、料理人たちがオーブンの近くで足を止めては、香りを胸いっぱいに吸い込んでいる。
白磁の皿に載せて、その上から銀の蓋を被せれば、なんだかそれっぽい。サービングカートを使い、厨房から彼の休んでいる寝室へと焼きリンゴを運び入れる。
ここは王城の東棟。国王以外の王族の寝所がある区画だ。東棟の中庭には初夏の薔薇が蕾をほころばせていた。侍女の一人がどこかに活けようと思ったのか、花鋏で薔薇の花を切っている。白薔薇を一輪切ってもらうよう侍女に頼んだ。白薔薇もカートに載せて、また歩き出す。
ちょうど、アイスクリームが溶け始めて、彼が口にする頃にはちょうどいいタイミングだろう。何事も、少しの余裕と寄り道は大切なのである。
彼の寝室までの長い廊下を歩いて、ようやく寝室の前まで辿りついた。扉を三回ノックする。「どうぞ」と声が聞こえた。両開きの扉を押し開ける。蝶番の軋む音もなく、なめらかに扉が僕を迎え入れた。
「イザークさん、焼きリンゴ」
「おれは焼きリンゴじゃないよ、ジルくん」
という不毛な会話の応酬をした後、寝間着におとなしく身を包んだ彼は僕が運んできたリンゴの匂いを嗅いで、目元をやわらげた。
「ん、いい匂いだねえ」
「あなたに食べさせるとは一言も申し上げていませんが」
「ふむ、それは残念だ」
彼は軽く肩を落とした。その態度がやけにしおらしい。少しは今までの自分の行いに対して反省する姿勢があるらしかった。
「ねえジルくん、どうせバニラアイスも一緒なんでしょ? ねえねえ、溶けちゃうー」
「まったく、しょーもない駄々を捏ねますね」
僕は小さく溜め息をついて皿を彼の寝台のそばにあるテーブルに置き、クローシュを取った。途端に、甘い風が吹いて僕の鼻腔をくすぐっていったから、おそらく彼の嗅覚も上書きしたことだろう。
「ほら、どうぞ」
許可を出すか出さないかのうちに、彼はもうフォークを手にして一口目にありついていた。僕の口からまた溜め息が漏れる。もちろん、僕の分も作ってある。一輪挿しに白薔薇の花を活けてから、ゆっくり焼きリンゴを賞味する。
まず、丸いリンゴをフォークで贅沢に半分に割ってしまう。中心の穴からフォークを差し込んで、一息にリンゴを真っ二つに切り開く。すると、蕩けたバターがリンゴの丘から果汁と共に黄金色の川となって流れ落ちていく。
フォークで一口大に切り分けて運べば、口の中が熱々のリンゴそのものになってしまった。バニラアイスがそこに冷却の魔法をかける。喩えるなら、こう、焼きリンゴの海底火山がバニラアイスの海と混じりあって固まり、またそこに新しい島を作り出していくようなのだった。口の中で破壊と再生が繰り返され、どこか原始地球の風景すら連想させる。
「イザークさんも原始地球を感じましたか」
「なに言ってんの、ジルくん」
ああー、ジルくんは詩人だねえ……、なんて彼が茶化してくるものだから、僕は危うく、「あんたもリンゴみたいにフォークで傷口をえぐってやろうか」と声に出すところだった。
食べ終えた彼は、こんなことを口にした。
「おれはクソ野郎さ」
「大丈夫です。イザークさんの食べたリンゴも、いずれは……」
「違うよジルくん! 下品だよねジルくんってたまにね!」
「はあ、まあ。ほんとそうですよね。あなた、王太子になりたくない一心で王を殺そうとするなんて……とんだクソ野郎ですよ」
「おれの行動をそう解釈してくれるのなら、助かるよ」
「他に解釈しようがあるんですか? あるなら教えてくださいよ」
彼は微笑む。それは何かを微笑みの下に隠すようだった。
「……仲よくしよ、クソ王太子殿下」
「不敬罪でしょっぴくぞ、クソ公爵」
彼は名残惜しそうに空っぽになった皿へと視線を落とした。
「ふんっ。また作ってやりますよ」
「違うね」
「は?」
「未来永劫、おれのために焼きリンゴを作り続ける呪いをかけてあげたから☆」
「うっわ……、シンプルに迷惑」




