第13話 おれはきみで、きみはおれ
僕の目の前で、このアインヴァルト王国の君主たる国王アルトゥール三世が僕の手料理をお召し上がりになっている。夢であってほしかった。まあ実際には、すでにラズベリージャムとクッキーも王は実食済みというから、もう驚く新鮮味もなかったのだが。
王が食べているのは家庭料理。何の変哲もない、ピーマンの肉詰めトマト煮込み。ジルヴェスター王子手製の、と、けったいな修飾部分がついてくるが。
もぐもぐ……、と王は一心に僕の作った肉詰めを咀嚼していた。時折、上質な紙に万年筆でなにかを書きつけている。味の感想なのだろうか。
王の目は潤んでいた。別に執務室の空気が乾燥していたから、とかではない。王は、なぜ泣いている? そこまで肉詰めが不味かったか。泣くほど不味かったか。
「あの……」
ようやく声を絞り出した。しゃがれた声になった。
「なんだ」
王がぴたりとカトラリーの手を止め、僕をじろりと鋭い眼光で見た。
「…………」
僕は重い沈黙の中で、この父王とどうやって会話したものか、と考えていた。初めて会う父親。母を見捨てた父親。今さら何の用があるというのだろう。……いや、分かってはいた。この父王が僕を王太子にしようと思っていることが分かっていた。
「その黒髪は、母に似たな」
そうか……、僕の髪は母譲りだったのか。確かに、父の髪は陽光の雫で染めたような淡金色だった。
「陛下」
「なんだ」
先ほどと同じ返事。
「僕がイザークさんに陛下を殺害するよう頼みました。ですから、イザークさんは何も悪くありません」
食べ終えた王は執務机に頬杖をついた。
「嘘だな」
もう片手でワイングラスを悠長に傾けながら、そんな一言。
「嘘ではありません」
我ながら苦しい言い訳だろう。当たり前だ、すでに彼は自分が殺したと取り調べで主張していたし、そうなると、どこからどう見ても僕が彼を庇っている形にしか見えない。王の翠の目には、僕がさぞかし滑稽な姿に映っているのだろう。
「──違う」
しかしながら、王の返答は僕の予想とはいささか異なった。
「おそれながら、何が違うのです」
「いや、そなたもブラウベーレもだが、私もまた嘘をついているのだ」
「嘘、とは」
訊き返すと、王は口元に曖昧な笑みを浮かべた。
「いや、なんでもない」
王はすぐに別のことを告げた。
「ブラウベーレは、許す。全ては、私が悪いのだ」
「ええ」
ふいに、王が名を呼ぶ。
「ジルヴェスター」
「なんでしょう」
「父、と呼んではくれないか」
王の願いは、ひどく単純で、素朴で、哀れだった。
「……っ……父上」
♢
長い回廊を急いだ。迷宮のように入り組んだ廊下を曲がりくねり、階段を何段も下り、地下牢の建物へと近づく。地下牢の石段を駆け下りる。石廊下の突き当たり、一番奥の牢へ……。
「イザークさん……」
ランタンの明かりを黒い人影にかざす。彼は脇腹を斬られていたはずだ。
「イザークさんっ」
彼は僕が牢に入ってきてもまったく起きる気配がなかった。付き添いの近衛騎士が息を呑んだ気配があった。常から白磁のように美しい彼の顔は、今はまったく血の気がなく、ランタンに照らされて無機質な磁器人形のように蒼白く光っている。
「服に縫いつけていた毒を飲んだんだ……」
と、イザークの身体をさぐった近衛騎士が声を震わせた。
「イザークさん!!」
三度目にその名を呼んだときは、僕はもうほとんど絶叫していたはずだ。
「しっかりして! 目を、開けて!」
ろくに傷の手当てもされず放置されていた、いや、傷の手当てを拒んでいたのだろう彼だ。僕はその場でできる限りの応急処置をすることにした。彼のシャツの裾をびりりと破き、自分のシャツの装飾についていた邪魔くさい紐もむしり取って、破った端切れをたたんで当てた上から紐をきつく縛った。止血として合っているかは分からないが、それでも無駄ではないだろう。
医務官が解毒薬を彼の口に含ませるまで、僕は何度もその身体をゆすった。何度も何度も、繰り返し。そして、いつまでそうしていたかも分からなくなった頃、彼の銀の睫毛がほんの少しだけ震えた。巴旦杏型の瞳がゆっくりと開かれていく。
「ジル……、くん?」
「イザークさん!」
そして、もう一度その名を呼んだ。
「いやね、クソ王をぶっ殺そうとしたらしくじって、それで毒で死のうと思ったら、それもしくじっちゃったな」
「バカ!!」
顔をしかめながら、彼は半身を起こそうとした。傷に障ったのか、いてて、と掠れた声で呻く。
「動くなバカ! 死ぬなバカ!」
彼が眠ってしまわないよう、僕は彼との会話を続けることにした。
「……きみが、嫌いだった」
一言目が、それかよ。
「おれは、きみで……、きみは、おれだった……」
──どういうこと?
「でもね、ジルくん……」
「なんですか」
「本当にきみが憎かったら、おれはとっくにきみを殺してる」
「…………!」
彼は、微笑んだ。
「ねえ、おれの人生はなんのためにあったと思う?」
「じゃあ、僕のためにあります」
即答すると、彼は跳ね起きるように目をかっぴらいた。意外と元気じゃねーか。
「はあ!? 今それ言う!?」
「ねえ、僕のためにくださいよ、その人生」
「はあ? ……はあ〜?」
彼の顔にほんのり血の気が戻った。




