↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/18

第13話 おれはきみで、きみはおれ

 僕の目の前で、このアインヴァルト王国の君主たる国王アルトゥール三世が僕の手料理をお召し上がりになっている。夢であってほしかった。まあ実際には、すでにラズベリージャムとクッキーも王は実食済みというから、もう驚く新鮮味もなかったのだが。


 王が食べているのは家庭料理。何の変哲もない、ピーマンの肉詰めトマト煮込み。ジルヴェスター王子手製の、と、けったいな修飾部分がついてくるが。


 もぐもぐ……、と王は一心に僕の作った肉詰めを咀嚼していた。時折、上質な紙に万年筆でなにかを書きつけている。味の感想なのだろうか。


 王の目は潤んでいた。別に執務室の空気が乾燥していたから、とかではない。王は、なぜ泣いている? そこまで肉詰めが不味かったか。泣くほど不味かったか。


「あの……」


 ようやく声を絞り出した。しゃがれた声になった。


「なんだ」


 王がぴたりとカトラリーの手を止め、僕をじろりと鋭い眼光で見た。


「…………」


 僕は重い沈黙の中で、この父王とどうやって会話したものか、と考えていた。初めて会う父親。母を見捨てた父親。今さら何の用があるというのだろう。……いや、分かってはいた。この父王が僕を王太子にしようと思っていることが分かっていた。


「その黒髪は、母に似たな」


 そうか……、僕の髪は母譲りだったのか。確かに、父の髪は陽光の雫で染めたような淡金色だった。


「陛下」


「なんだ」


 先ほどと同じ返事。


「僕がイザークさんに陛下を殺害するよう頼みました。ですから、イザークさんは何も悪くありません」


 食べ終えた王は執務机に頬杖をついた。


「嘘だな」


 もう片手でワイングラスを悠長に傾けながら、そんな一言。


「嘘ではありません」


 我ながら苦しい言い訳だろう。当たり前だ、すでに彼は自分が殺したと取り調べで主張していたし、そうなると、どこからどう見ても僕が彼を庇っている形にしか見えない。王の翠(みどり)の目には、僕がさぞかし滑稽な姿に映っているのだろう。


「──違う」


 しかしながら、王の返答は僕の予想とはいささか異なった。


「おそれながら、何が違うのです」


「いや、そなたもブラウベーレもだが、私もまた嘘をついているのだ」


「嘘、とは」


 訊き返すと、王は口元に曖昧な笑みを浮かべた。


「いや、なんでもない」


 王はすぐに別のことを告げた。


「ブラウベーレは、許す。全ては、私が悪いのだ」


「ええ」


 ふいに、王が名を呼ぶ。


「ジルヴェスター」


「なんでしょう」


「父、と呼んではくれないか」


 王の願いは、ひどく単純で、素朴で、哀れだった。


「……っ……父上」


 ♢


 長い回廊を急いだ。迷宮のように入り組んだ廊下を曲がりくねり、階段を何段も下り、地下牢の建物へと近づく。地下牢の石段を駆け下りる。石廊下の突き当たり、一番奥の牢へ……。


「イザークさん……」


 ランタンの明かりを黒い人影にかざす。彼は脇腹を斬られていたはずだ。


「イザークさんっ」


 彼は僕が牢に入ってきてもまったく起きる気配がなかった。付き添いの近衛騎士が息を呑んだ気配があった。常から白磁のように美しい彼の顔は、今はまったく血の気がなく、ランタンに照らされて無機質な磁器人形(ビスク・ドール)のように蒼白く光っている。


「服に縫いつけていた毒を飲んだんだ……」


 と、イザークの身体をさぐった近衛騎士が声を震わせた。


「イザークさん!!」


 三度目にその名を呼んだときは、僕はもうほとんど絶叫していたはずだ。


「しっかりして! 目を、開けて!」


 ろくに傷の手当てもされず放置されていた、いや、傷の手当てを拒んでいたのだろう彼だ。僕はその場でできる限りの応急処置をすることにした。彼のシャツの裾をびりりと破き、自分のシャツの装飾についていた邪魔くさい紐もむしり取って、破った端切れをたたんで当てた上から紐をきつく縛った。止血として合っているかは分からないが、それでも無駄ではないだろう。


 医務官が解毒薬を彼の口に含ませるまで、僕は何度もその身体をゆすった。何度も何度も、繰り返し。そして、いつまでそうしていたかも分からなくなった頃、彼の銀の睫毛がほんの少しだけ震えた。巴旦杏(アーモンド)型の瞳がゆっくりと開かれていく。


「ジル……、くん?」


「イザークさん!」


 そして、もう一度その名を呼んだ。


「いやね、クソ王をぶっ殺そうとしたらしくじって、それで毒で死のうと思ったら、それもしくじっちゃったな」


「バカ!!」


 顔をしかめながら、彼は半身を起こそうとした。傷に障ったのか、いてて、と掠れた声で呻く。


「動くなバカ! 死ぬなバカ!」


 彼が眠ってしまわないよう、僕は彼との会話を続けることにした。


「……きみが、嫌いだった」


 一言目が、それかよ。


「おれは、きみで……、きみは、おれだった……」


──どういうこと?

 

「でもね、ジルくん……」


「なんですか」


「本当にきみが憎かったら、おれはとっくにきみを殺してる」


「…………!」


 彼は、微笑んだ。


「ねえ、おれの人生はなんのためにあったと思う?」


「じゃあ、僕のためにあります」


 即答すると、彼は跳ね起きるように目をかっぴらいた。意外と元気じゃねーか。


「はあ!? 今それ言う!?」


「ねえ、僕のためにくださいよ、その人生」


「はあ? ……はあ〜?」


 彼の顔にほんのり血の気が戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。