第10話 ドッキリではない
イザーク・ブラウベーレ公爵は見るからに高級だと分かる天鵞絨の座席に長すぎる脚を組んで腰かけている。こうやって折り目正しい礼装姿を改めて観察すると、彼の端麗すぎる容姿が嫌味なほど際立っていた。僕はといえば、一番マシなシャツとズボン姿だ。着飾るほどの服もない。僕は居たたまれなくなって雑談を振った。
「イザークさん、ドンが勧めてくれた港町メーヴェは綺麗なところでしたね」
ブラウベーレ公は脚を組み替えてうなずく。いちいち仕草が様になっていて、僕のそこまで余裕もない癇にさわる。
「ああ。オーシャンビューはあるし、海鮮は美味かったし、温泉もあったし」
ブラウベーレ公もどこか居心地が悪いのか、しきりに手を握ったり開いたりしている。
「でも、なんで腕相撲大会に飛び入り参加したんですか」
「いや、あのオッサンが声かけてきたからだろう? その場のノリさ」
「その場のノリで公爵閣下が大人げなく地元民の祭りで優勝したりなんかしないんですー」
と、僕が言い返すと、ブラウベーレ公はわざとらしく広い肩をすくめるのだった。
「優勝賞品のエール樽はみんなに振る舞っただろう? 地元にきっちり還元したさ。だから、大人げなくない!」
彼とそんな他愛ない会話の応酬を繰り広げていた。車輪が小石を踏んだのか、がたん、と車体が揺れて僕の身体もわずかに跳ねた。ここは馬車の中だった。王城から迎えに来た馬車の中。
「ねえ、イザークさん、なんで僕たち王城行きの馬車なんかに乗り込んでいるんですか」
「さあ?」
ブラウベーレ公は妙に冷静だった。女好きのする甘ったるい微笑みの付属した首を小さく傾げる。
「さあ、じゃないですよ。まさか国王陛下にマフィアとの癒着がバレたんじゃないでしょうね? それについてお咎めがあるんじゃないですか?」
そう問うと、彼はやんわり苦笑をする。
「あー……、まあ、これがマフィアとの癒着そのものというべきか、なんというべきか」
言葉尻を消え入りそうにぼかす彼に、僕はますます問い詰めた。
「どういうことですかっ」
「理由はなんであれ、国王陛下がきみとおれを呼び出している」
「犯罪者のあなたはさておき、なんで僕まで……」
眩暈を感じて額を押さえつつうなだれると、ブラウベーレ公は落ち着き払って、するりとした指を膝の上で組んだ。
「まだ気づかないのかいジルくん。きみは推理が得意なのに、ここ一番の肝心なことには気づいていないな。……ま、そこが面白くて揶揄いがいがあるのだけど」
「……どういうことです?」
こめかみに青筋を立てそうになりながら真正面に座る彼を睨みつけると。
「陛下は、きみにこそ用事があるからだ」
と、微笑みを貼りつけたままブラウベーレ公は言う。
「つまり、この王国というマフィアのドンから、話があるわけだ」
「……え?」
僕の目が極小の点になりかける。
「だから、マフィアのドン。国王陛下。きみのパパ」
──待て待て待て待て。
にわかには信じられないことばかりを羅列する彼に、僕はまた眩暈を覚えた。
「待ってください」
「どうした、ジルくん」
「どうもこうもないですよっ」
僕の手は小刻みに震えていた。馬車が動いているからではなく、身体そのものが勝手に揺れているのだ。ひどく動悸がする。心臓がかつてないほど早鐘を打っている。というより、心臓が飛び出して破裂でもしそうだ。
──整理しよう。
マフィアのドンは国王陛下のことだった。
そして僕の父が国王陛下だった。
僕は……王の子?
王子?
「はあ、はああああ!?」
「ジルくん、落ち着いて」
僕の叫びにブラウベーレ公のなだめる声が重なった。
「落ち着けるかっ」
「だから落ち着いてくれ。背中さすってあげようか?」
「無理ですっ、嫌ですっ」
荒く息をついて、いったん落ち着こうと窓の外の景色を覗いた。……結果として、余計に落ち着けなくなった。
外界は中央区。王都中心部の真っ只中だった。市街区画などという小市民のための猥雑な場所などではなく、王国上流階級の大邸宅が展覧会のように立ち並ぶ貴族街の中心。そのまま王城へと通じる御前通りを馬車は今走っている。
御前通りは美しい灰白色の石畳に舗装され、普段僕が馴染みある市街区画のように野良犬や小枝を持った庶民の子供たちが走り回ってなどいない。
やがて、王城の白亜の尖塔が姿を現した。よくよく目を凝らすと、屋根の上には午前の陽光を受けて燦然と輝く金の獅子が見えてくる。アインヴァルト王家紋章にもある、黄金のライオンだ。
「あああああ……」
座席で僕は頭を抱え、外の景色すら自分を落ちつけてはくれないことに絶望した。
馬車はついに、水をたたえたお堀を渡す跳ね橋を乗り越えた。跳ね橋を守るためだけに衛兵の詰所の堅牢な小屋があるほどなのだ。お堀には鴨のつがいが僕の心境など素知らぬ顔をして、藻を食べるために二羽でワルツでも踊る具合で水面をぐるぐると回転していた。
ちょうど鐘楼の鐘が十回打ち鳴らされる。午前十時を知らせる鐘だ。
馬車がぴたりと停止する。跳ね橋を越えた先の錬鉄と樫板を何枚も重ね合わせた重厚な城門の前でだ。銃剣をたずさえた二名の衛兵が城門を守っている。そのうちの一人が御者の顔を見て「通れ」とだけ言った。また馬車が走り出す。
お屋敷の倍はあるのではないかと感じるほどの長ったらしい庭園の道のりを抜け、そのまま迎賓館らしき大きな石造りの建物の前でようやく停車した。
糊の効いた礼服に身を包んだ老年の侍従が進み出てきて、二人に降車するよう声をかけてきた。ブラウベーレ公がすくりと立ち上がって馬車を颯爽と降りていく。それに倣い、僕もおそるおそるついていった。
降車した途端、通路の端と端に沿うよう真っ直ぐ整列した侍従たちと衛兵たちが一斉に頭を下げるのだった。
「…………」
こっきり言葉を失って顔から血の気を失わせていると、ブラウベーレ公はやけにのんびりした様子で「出迎え、大儀であった」と一言。老年の侍従がそれにまた一礼して、「陛下にお会いいただく前に、まずは迎賓館にて宴とさせていただきます」と言い、二人を先導して案内を始めた。ブラウベーレ公が歩き出したのを見て、僕も鴨の雛のごとく追いかける。
「い、イザークさん」
怖々と彼の背中に囁きかけた。
「どうした、ジルくん」
彼はブーツの踵を規則正しく鳴らし、振り返りもせず僕の前をすたすたと歩き続ける。
「あの、これ、タチの悪いドッキリとかじゃないですよね」
「そう見えるのならジルくんは肝が太い。やはり王の子なだけはある」
「逆に決まってるだろ!」
ブラウベーレ公の明らかな揶揄いに、僕はこれでもかと憤慨していた。




