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第9話 プロリーグ

※作中に登場する国内プロリーグ「SJL」は、実在する『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」をモチーフにした架空のリーグです。

【プロリーグ】

プロ選手やチームが、シーズンを通して順位や優勝を争うリーグ。野球やサッカーだけでなく、eスポーツにも存在する。


*


 対抗戦後の控室で、Shadowは、5人全員がARAKIのキャプテン就任に同意したと告げた。


 ARAKIは、その顔を見た。

 冗談を言っている様子はない。


Zark「まあ、しゃあないっすよ。Lemonさんも納得してるみたいだし」

ZERO「ぼくも異論はないです」

Pika「ワタシもありません」


 どの顔にも、言い争う気配はなかった。

 ARAKIが口を開きかけると、Lemonが顔を上げた。


Lemon「よろしくお願いします、キャプテン」


 頭を下げられ、ARAKIは隣の和田を見た。


ARAKI「……何があった?」

和田「taka君が、皆に声をかけてくれましてな……『すみません』と。それから、選手たちと子どもたちでいろいろ話したそうですわ」


 元はと言えば、あいつが撒いた火種だろうが……そう言いかけて、飲み込んだ。


Zark「こっちも、いつまでも怒ってらんないっすよ。息子さんにまで頭下げられたら」

ARAKI「……そうか」


 ARAKIが腰を下ろすと、和田も隣へ座った。

 和田は契約書を取り出し、テーブルへ置いた。


 契約書に記されているのは、既存選手の過半数が認めた場合に特約が発効する、という条件だ。対抗戦に勝てば同意とみなすという取り決めは、口約束だった。

 だが今は、5人全員が、自分の意思で認めている。


和田「では、改めて確認しておきますぞ。対抗戦も終わり、ここで皆さん全員の意思も確認できました。特約の発効条件は満たされています」


 和田は、該当する箇所へ指を置いた。


和田「スタメン起用の確約。キャプテン就任。試合中のコール権。そして、チーム方針への一定の関与。この4点です」

ARAKI「はい」

和田「勿論Supportの先発は、ARAKIさんになります」


 Lemonが頷いた。

 隣のPikaも、その横顔を見てから和田へ目を戻す。


和田「ARAKIさん。あんたに、これだけ大きな権限を渡すんです」


 和田は契約書から手を離し、ARAKIを見た。


和田「本当に、頼みますわ」


 その顔に、笑みはなかった。

 ARAKIも正面から見返し、頷いた。


ARAKI「ええ。引き受けます」


 ARAKIは、5人へ向き直った。


ARAKI「なら、最初にはっきり言っておく。俺は、世界の頂点を獲りたい」


 Zarkは、返しかけた相槌を止めた。

 隣のLemonへ顔を向ける。Lemonも、ARAKIを見たまま動かなかった。


 ZEROは黒縁眼鏡を指先で押し上げ、ARAKIを見た。


ZERO「……世界、ですか?」

ARAKI「ああ」

Zark「国内優勝、じゃなくて?」

ARAKI「それも必要だな」


 Zarkは口を開けたまま、仲間たちを見回した。

 誰も助け舟を出さない。


Zark「さすがにそれは現実的じゃないっすよ」

ARAKI「そうか?」

Zark「日本のチームなんて、世界じゃ全然勝ててないんすよ? そもそもオレたち、国内のプレーオフにすら出たことないし」


 ARAKIは頷いた。


ARAKI「俺達も、世間からそう言われていたぞ」

Zark「……え?」

ARAKI「日本が世界一になるなんて、現実的じゃないとな……だが、実際に優勝した」


 サッカーとSOLは違う。

 だが、あの決勝でシュートを止め続けていた男に、不可能だと言い切る言葉は出てこなかった。


ARAKI「まあ、お前の言うことも正しい。世界へ出るには、まず国内で勝たなければならん」


 ARAKIは和田へ顔を向けた。


ARAKI「一度、勝ち上がりの仕組みを確認させてください。目指す場所まで、何に勝てばいいのか」

Shadow「……あれだけ大きな目標を掲げておいて、そこはご存じないんですか?」

ARAKI「takaから聞いたのと、自分で少し調べた程度だ。細かいところはよく知らない」

Zark「……なんか、不安になってきたんすけど」

ARAKI「だから、今聞いている」


 Zarkが言葉に詰まると、大柄なPikaが身を乗り出した。短い金髪が揺れる。


Pika「いいデスネ!なんとかしまショウ」


ZERO「適当に乗らないでください……」

和田「まあまあ。そのあたりは、ワシから説明しましょう」


 和田は立ち上がり、控室のホワイトボードへ向かった。

 マーカーを取り、『SJL(エスジェイエル)』と書く。


和田「まず、ウチが参加する国内プロリーグは、SOL(ソル) Japan(ジャパン) League(リーグ)。略してSJLです」


 その下に、『Summer(サマー) Split(スプリット)』と書き加える。


和田「これから始まるのは、その夏季シーズンですな。参加するのは、ウチを含めて6チームです」

和田「まずは総当たりのリーグ戦。同じ相手と2回ずつ、各チーム10試合を戦います。試合形式はBO3(ビーオースリー)です」

ARAKI「BO3?」

和田「最大3戦で、先に2本取った方が勝ちの試合形式です。Best(ベスト) of(オブ) 3(スリー)、略してBO3と言います」


 和田はホワイトボードに、1位、2位、3位と書き並べた。


和田「その成績で上位3チームが、優勝を決めるプレーオフへ進みます」

ARAKI「半分は、そこで終わりか」

Shadow「はい。これまでの我々はそちら側でした」


 ARAKIはホワイトボードへ目を戻した。


和田「2位と3位が準決勝を戦い、勝った方が1位と決勝です」

ARAKI「1位なら、決勝で直接待てると」

和田「その通り。準決勝と決勝はBO5(ビーオーファイブ)、3本先取になります」

ARAKI「より長期戦になるわけだな」


 和田はさらにその先に、『世界大会』と書き加える。


和田「そして、優勝チームが日本代表として世界大会へ進みます」

ARAKI「分かりました。まず10試合で上位3つに入り、そこから勝ち抜く」

Pika「こう聞くと、簡単な気がしてきましたネ?」

ARAKI「そうだ、簡単だろ?」


ZERO「ちなみに、このチームは7季連続でプレーオフに出られていません」


ARAKI「……よし。次は相手の話を聞かせてくれ」


Lemon(絶対「よし」じゃないでしょ……)


 和田はホワイトボードの空いたところに、『WISH(ウィッシュ)』と書いた。


和田「まずはWISH。下部リーグから入れ替え戦を勝ち上がってきた、新しいチームです」

Zark「Lily(リリー)ちゃんがいるとこっすね」

ARAKI「誰だ?」

Zark「女性のSupportです。配信とかイベントでも人気があって、アイドルみたいな感じっす」

ARAKI「ほう。詳しいな」

Zark「いや、有名なんで。普通に」


Lemon「重度のファンだって素直に言いなよ」


ARAKI「隠す方が余計恥ずかしいぞ」


Zark「あーうるさいうるさい!和田さん次!!」


 和田は軽く笑い、その上に『VOLTAGE(ボルテージ)』と書き加えた。


和田「続いてVOLTAGE。昨季4位で、5位だったウチの一つ上ですな」

Shadow「昨季車椅子の選手が加入したことで話題になりましたね」

ARAKI「そうなのか」


 次に書かれたのは、『CROWN(クラウン)』だった。


和田「昨季3位のCROWN。ここからが、プレーオフに出たチームです」


 和田のマーカーが止まった。

 Lemonが視線を落とす。Zarkはその横顔をちらりと見て、口を開いた。


Zark「……とにかく、やりにくいんすよ。こっちが嫌がることを、的確にやってくるんで」

ZERO「……気付いたら選択肢が少なくなっているという感じです」

ARAKI「俺たちがプレーオフへ出るには、そこをなんとかしなければならんわけだ」

Zark「……そうっすね」


 和田は頷き、『FANG(ファング)』と書いた。


和田「そして昨季2位、FANG。優勝候補の一角です」

Pika「TopのKIBA(キバ)という選手がとにかく強いデス。彼のワンマンチームと言っても過言ではありまセン」

ARAKI「そんなにか」

Zark「オレはBotから見てて、いつもかわいそうだなと思ってます」


Pika「思ってるだけじゃなくて助けてくださいヨ!!」

和田「……そのKIBA君が中心のチームです。王者を倒して、世界で勝つと公言しています」

ARAKI「なんというか、気持ちよさそうなチームだな」


 最後に、和田は一番上へ『BUSTER(バスター)』と書いた。


和田「そして、昨季の優勝チーム。BUSTERです」

和田「このリーグが創設されてから、全て優勝しています」

ARAKI「……全て?それは興行として成立しているのか?」


Zark「ホントですよね。もっと言ってやってください」


Shadow「なんでそんな他人事なんですか……」


 ARAKIは、並んだチーム名の一番上を見た。


ZERO「JungleのFROG(フロッグ)が、エースです」


 FROG――takaに見せてもらった初心者向け動画でSOLの基本を教え、ARAKIがこの世界に入るきっかけとなった男だ。


ARAKI「あのイケメン中国人プロか……」

Lemon(どういうあだ名?)


ZERO「国内最強のプロです。こちらが動こうとした時には、もう先を取られています」

Zark「しかも、他も強いんすよ。FROGだけ何とかすればいいってチームでもなくて」


和田「資金力もありますからな。アナリストやマネージャーなど、選手を支えるスタッフも多く、練習環境まで整っています」

ARAKI「……コーチすらいない、ウチと違って、か」


 ARAKIは腕を組んだ。和田がマーカーに蓋をする。


和田「そして、ウチの開幕戦の相手が、そのBUSTERです」


 ARAKIは和田へ顔を向けた。


ARAKI「そうなのか」


………


Zark「……反応薄っ!今の説明聞いてました?」

ARAKI「聞いていた。どうせ2回当たるんだろう?順番は関係なくないか?」


Pika「確かに一理ありマス!」


Lemon「いやまあ……それはそうなんですけど」


Shadow「当たる順番の話はともかく……優勝するために、何か策はあるのでしょうか? そのための特約だと考えていますが」


 ARAKIは腕をほどき、Shadowへ向き直った。


ARAKI「勿論ある……が、それを話す前に、やっておかなければならないことがある」

ARAKI「今日の対抗戦のレビューだ」


 5人が揃って顔を曇らせた。

 Zarkに至っては、露骨に口を曲げている。


Zark「……やらなきゃダメ?」

ARAKI「プロなら普通やるもんじゃないのか?」


Zark「う……」


 和田はマーカーを置き、椅子へ戻った。


ARAKI「敗因はいくつもあるだろうが……特に、最後の試合だ。お前たち、Topを狙うかどうかで意見が割れていたんじゃないか?」


 ZEROがPikaを見た。

 Pikaも、隣へ顔を向けていた。


Shadow「……どうして、そう思ったんですか?」

ARAKI「2試合目までは、狙いがはっきりしていた。Topを崩すために、動きも揃っていた」

ARAKI「だが、最後は狙うのか、狙わないのか、動きが揃っていなかった」


 Shadowは一度、仲間たちへ目を向けた。


Shadow「……その通りです」

ZERO「2試合目で対応されたので、同じように行っていいのか、迷いもありました」

ARAKI「最後は、誰が決めた?」


 誰もすぐには答えなかった。


Lemon「……決め切れなかったんです。どちらにも理由があったので」

ARAKI「なるほどな」


 ARAKIはテーブルへ両腕を置いた。


ARAKI「どちらが正しかったかは、後で考えればいい。だが、選ばないまま試合を進めるのが最も悪手だ」


ARAKI「意見が割れた時、誰がどう決めるのか。そこまで、試合前に整えておく必要がある」

ARAKI「そして、本来その役割を担うのは、コーチだ。だが、このチームにはコーチがいない。つまり……」


 ARAKIは隣へ顔を向けた。


ARAKI「万年5位は和田さんの責任だ」

ARAKI「誰が最後に決めるかまで、選手同士に任せている。これは選手個人の問題ではなく、体制の問題だ」


 自分たちの甘さを責められるものと身構えていた5人は、言葉を失った。

 Zarkが目を見開き、和田を見る。他の4人も、つられてそちらを向いた。


和田「……ええ。おっしゃる通りです」

Shadow「ただ、経営に余裕がないことは、私も知っています。それに、この業界はコーチをできる人材自体が少ないんです」

ARAKI「勿論、理想だけで経営はできない。だが、その事情も含めて結果に責任を持つのが、オーナーだ。そうですよね?」


 和田はテーブルの上で手を組んだ。


和田「……勝つための体制を整えなかったのは、ワシですな……」


ARAKI「なら、まずはそこを変えましょう。練習と試合の指揮は、俺に任せてください」


 和田が顔を上げた。

 ARAKIは、5人へ向き直った。


ARAKI「練習で何を直すか。試合で何を狙うか。お前たちの意見を聞き、最後は俺が決める」

ARAKI「そのために、あの特約を要求した」


Shadow「……最初から、そのつもりだったんですね」

ARAKI「ああ。ただし、お前たちにも考えてもらう。見えたことも、反対意見も言ってくれ」


 Shadowが頷いた。


ARAKI「決まったら、全員で動きを揃えてくれ。判断を間違えた責任は俺が持つ。どんなことが起ころうとも、後から誰かに押しつけたりはしない」


Zark「……でも、それだけで勝てますかね」

ARAKI「何が気になる?」

Zark「プロでもない小学生のtakaに、オレは格の違いを見せつけられた……判断を揃える前に、個人で負けてたらダメじゃないっすか」

ARAKI「そのことは、特に問題ない」


Zark「えっ……」


ARAKI「息子が化け物だっただけだ。そういう時もある。第一、チームで勝てばいいのだから、個人技の優劣は気にしすぎることはない。実際サッカーではそれで勝てた」


Zark「そっか……そうかも!」


Shadow(お互い適当すぎませんかね……)


ARAKI「それはともかく、Lemon。お前に聞きたい」

Lemon「はい?」

ARAKI「takaから聞いたんだが、お前はどのRoleもできるそうだな」


 Lemonは少し目を見開いた。


Lemon「……調べていたんですか?」

ARAKI「去年まではADC。他Roleでの出場やランクの履歴も見て、何でもこなせるようだとtakaが言っていた」


Shadow(自分で調べる気ないんですかね、この人……)


Pika「そうなんですヨ! Lemonは全Roleをまんべんなくこなせますヨ!」


 通常は、自分の適性に合ったメインRoleを決め、そこを磨いていくものだ。

 だが、Lemonは一つのRoleばかりをプレーしていると、なんとなく気持ちが悪かった。だから、全てのRoleに触れながら、このゲームを続けてきた。

 将来、何かに役立てようと思っていたわけではない。


ARAKI「味方が何をしてほしいか、何をされると困るか。自分でやったことがあれば、分かることも多いだろう」

Lemon「まあ……多少は」

ARAKI「その経験を借りたい。練習のレビューも、対戦相手の分析も、一緒にやってくれないか」


 Lemonはすぐには答えなかった。


Lemon「……コーチになる、ということですか?」

ARAKI「試合にも出てもらう」

Lemon「でも、Supportはあなたが」

ARAKI「ああ。当分は俺が先発だ。だが、試合の間には選手を交代できるんだろう?」

和田「ええ。GameとGameの間なら可能です」

ARAKI「なら、相手や作戦に合わせて、お前を出す形も作れる……早速練習で試したい事も沢山あるぞ」


 Lemonが、椅子に座り直した。


Lemon「ボクが出る前提で、作戦を考えるんですか?」


 ARAKIは、正面からLemonを見た。


ARAKI「お前には、チームの戦術を増やす6人目になってほしい」


 Lemonは、自分の手元へ目を落とした。

 少しの間を置いて、顔を上げる。


Lemon「……やります。分析も、レビューも。6人目として、試合も」


ARAKI「助かる」


 隣から、PikaがLemonの肩を軽く叩いた。


Pika「重要なポジションですネ!」

Lemon「そうだね。誰かさんの無茶な動きも、見直さないと」

Pika「ワタシだけじゃないですヨ!?」


ARAKI「では次は……」


 扉がノックされた。


警備員「失礼します。そろそろ、お部屋からのご退出をお願いします」

ARAKI「ああ、すみません。もうそんな時間か」


和田「今日はお開きですな」


 和田が契約書をしまい、選手たちも荷物を手に取った。

 Shadowがホワイトボードを消す間に、ARAKIはスマートフォンを取り出す。


ARAKI「すまないが、俺は先に行かせてもらう」

和田「構いませんぞ。何か用が?」

ARAKI「家族と回転寿司だ」


Pika「それは大事ですネ」


 明美へ話が終わったと連絡し、返信を確かめてスマートフォンをしまった。


ARAKI「では、和田さん。今日はありがとうございました」

和田「こちらこそ。ご家族にも、よろしくお伝えください」


 廊下へ出ると、ARAKIは5人へ振り返った。


ARAKI「じゃあ、次の練習でな」

Lemon「はい。また」


 ARAKIは片手を上げ、出口へ歩いていった。


 Lemonは、ARAKIが去った出口を見た。


 この会場に入る時には考えもしなかった。小学生に負けた日の帰りに、次の練習を楽しみにしている。

 帰ったら、まず何から試そうか。

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