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第8話 GG

【GG(ジージー)】


Good Gameの略。「よい試合だった」の意。

オンライン対戦ゲームでよく使われる、試合後に相手の健闘を称える挨拶。


*


 大型スクリーンには、ARCANAとチームARAKIの名前、そして「1対1」のスコアが表示されていた


 選手席では、ARAKIが子どもたちへ顔を向けた。


ARAKI「よくやった。苦しいところで、誰も投げなかったな。みんなに任せてよかった」


 monakaとMORIMORIが笑い、takaも頷いた。

 Uedaは照れくさそうに笑い、仲間たちを見た。


Ueda「まだ、あと1回勝たなきゃね」


 2本先取の対抗戦。ようやく並んだだけで、まだ勝負はついていない。

 Uedaは椅子の背から体を起こすと、ARAKIへ顔を向けた。


Ueda「次も、同じ作戦?」

ARAKI「いや。次は普通にいく」

taka「え、大丈夫? それ」


 隣から、takaが父の顔を覗き込む。

 ARAKIは頷いた。


ARAKI「ああ。指示はその都度出す。それに応えてくれ」


 monakaとMORIMORIも顔を上げた。ARAKIは4人を見渡す。


ARAKI「みんな、OKか?」

4人「OK!」


 Uedaも頷き、画面へ向き直った。


 向かいの選手席では、ARCANAの5人がまだしきりに何かを確認しながら話し合っていた。


 やがて、決着戦を告げる音楽が会場に流れた。


*


 Game3は、拍子抜けするほど一方的な試合となった。


 Topを狙うか、狙わないか。

 ARCANAの話し合いは、最後までそこから抜け出せなかった。


 Game1では、そこを攻めて勝った。Game2では、同じ狙いを逆手に取られて負けた。

 もう一度攻めるべきか。警戒して、別の場所から崩すべきか。

 結論が出ないまま、決着戦は始まった。


 5人は、その場ごとの判断で動くことになった。


Pika「上、今なら仕掛けられますヨ」

Lemon「一応報告、ブラウン(Support)いない!」

ZERO「Shadowさん、来れます?」

Shadow「見送りましょう。同じ罠かもしれない」

Zark「でも、警戒して上を捨てたら、向こうの思うつぼっすよ!?」


 攻めるか、見送るか。判断はまとまらなかった。


 その間に、チームARAKIでは短い声が交わされていた。


MORIMORI「セジャニ(Jungle)、見えない!」

ARAKI「ウエ、下がれ。ナカはそのまま」

Ueda「OK!」

ARAKI「taka、押せ」

taka「了解!」


 Uedaは、倒しかけた兵士を残して下がった。

 その分のGoldは諦める。それでも、取りには戻らなかった。


 Pikaが見つけた隙は、もう消えていた。


HARU「ARCANA、先ほどまでと違って、足並みが揃いません!」

NAGI「攻めるのか、引くのか。動き出すタイミングが、ばらばらになっていますね」


 オーナーである和田は選手席を見つめたまま、片手でもう一方の袖口を握りしめていた。

 5人は声を掛け合っている。それでも、動きは揃わない。それぞれの意見に理由があり、どれを優先するか決め切れずにいた。


 ――意見が分かれた時、最後にどれを選ぶのか。

 それを決める人間が、ARCANAにはいなかった。


 一方、チームARAKIには、その役割を担う男がいた。


 4人が状況を伝え、ARAKIが決める。

 危険なら下がる。取れないものは捨てる。攻めると決めたら、全員で動く。


 子どもたちが、急にプロより上手くなったわけではない。

 それでも、誰かが攻めようとした時、別の誰かが引き始めることはなかった。


HARU「対するチームARAKIは、動きが揃っています!」

NAGI「前へ出る味方に、後ろもついてくる。これなら、taka選手も思い切って攻撃できます」


 Topへの圧力が分散したことで、Uedaは前の2戦ほど崩されなかった。中央と森でも、無理な勝負を避けて持ちこたえる。

 その間に、takaが育っていった。


 やがて5人が集まると、集団戦が起こるたび、塔が削れる。ARCANAが態勢を整え直す前に、次の攻撃が始まる。

 一度ついた差は、広がるばかりだった。


ARAKI「追うな。本拠地だ」

taka「うん!」


 逃げる敵から、5人の攻撃が本拠地へ向き直る。

 最後の塔が崩れ、takaがネクサスを削っていった。


 そして、その体力が尽きた。


HARU「決着です! チームARAKI、2対1! ARCANAを破りました!」


 上田の父は、思わず立ち上がった。

 隣の高知と顔を見合わせる。高知が笑って頷くと、父親も笑い、選手席へ拍手を送った。


 客席の最後列では、明美も拍手をしていた。夫と息子を見つめながら、ようやく肩の力を抜く。


 歓声の中、ARCANAの5人は、試合の終わった画面を見つめていた。


 会場の照明が中央へ集まった。


HARU「それでは、勝利したチームARAKIから、ARAKI選手にお話を伺いましょう!」


 呼びかけに、ARAKIはヘッドセットを外した。子どもたちへ笑みを向け、席を立つ。

 マイクを受け取って客席へ向き直る頃には、その表情は落ち着いていた。


 ヒーローインタビュー。

 競技が変わっても、この場で求められることは変わらない。


HARU「まずは勝利、おめでとうございます! 今のお気持ちは?」

ARAKI「ありがとうございます。まずは、ほっとしています。相手は国内リーグで戦っているプロです。簡単に勝てるとは思っていませんでした」

NAGI「一番苦しい役割を背負ったのは、TopのUeda選手でした。Game1では集中的に狙われましたが、Game2では、その場所が逆転のきっかけになりましたね」


 ARAKIは、選手席に残るUedaへ目を向けた。


ARAKI「はい。何度倒されても、役割を投げなかった。Game2の勝利を呼び込んだのは、間違いなく彼の粘りです」


 大型スクリーンに、Uedaの顔が映った。

 客席の仲間たちが声を上げ、拍手が広がる。Uedaは目を丸くしてから、照れくさそうに笑った。

 父親は、その顔を見上げながら手を叩いていた。


 ARAKIは、拍手が静まるのを待って続けた。


ARAKI「参加してくれた真中君、森川君、上田君。そして、参加を許可してくださったご家族の皆さんに、心から感謝しています」


ARAKI「少年サッカーチームの仲間とコーチの皆さんも、練習を休みにして応援に来てくれました。ありがとうございました」


ARAKI「この会場と機会を用意してくださった関係者の皆さん。実況と解説をしてくださったHARUさん、NAGIさんにも、お礼を申し上げます」


 ARAKIは客席へ頭を下げた。


ARAKI「今日初めて、このゲームを見た人もいると思います。こういうプロの世界もあるのだと、覚えて帰ってもらえれば嬉しいです」


ARAKI「今日の試合を少しでも面白いと思ってくれたなら、ぜひ一度、自分でもSOLを遊んでみてください。見るのとは、また違った面白さがありますから」


 再び、拍手が起こった。

 FROGの帽子をかぶった少年も、その中で手を叩いていた。


 片桐は、拍手を送る子どもたちと、その保護者を見渡した。


 子どもたちが夢中になるものを、まず親にも見せる。

 そして、まだ知らない子どもには、自分で遊んでもらう。


片桐(見るだけで終わらせず、次につなげる。……そこまで考えていますか)


 片桐は髭を指先で撫でながら、ARAKIへ目を戻した。


片桐(世界で活躍してきただけあって、メディアの乗りこなしも見事ですね。勝ったうえに、競技そのものの宣伝まで)


 口元に、笑みが浮かんだ。


片桐(これは、今後も働いてもらい甲斐がありそうです)


HARU「ありがとうございました! ARAKI選手でした!」


 ARAKIは、客席へもう一度深く頭を下げた。


*


 インタビューが終わっても、ARCANAの5人は選手席に残っていた。

 外したヘッドセットが、机の上に置かれている。


 小学生に負けた。

 最後の試合に至っては、まともに競り合うことさえできなかった。


 Zarkは背もたれに体を預け、天井を仰いだ。隣のLemonも、口を閉じたままだった。


 マイクを返したARAKIが、こちらへ顔を向けた。

 Zarkは姿勢を正した。Lemonも口を引き結ぶ。5人の視線が、ARAKIへ集まった。


 何を言われるのか。


 しかし、ARAKIは保護者たちの方へ歩いていった。

 1人ずつ足を止め、頭を下げる。その後も高知や会場スタッフへ声をかけ、挨拶を続けていた。


 ARAKIを目で追う5人の前へ、子どもたちが近づいてきた。

 先頭のtakaが、おそるおそる口を開く。


taka「えっと……なんか、すみません」


 Zarkは、一瞬返事に詰まった。

 小学生に負けたうえに、小学生に気まで遣わせている。


Zark「いや、謝ることじゃないっす。こういう時は、GGでしょ」

taka「……GG」


 GG――よい試合だった。対戦相手を称える、短い挨拶だ。

 Zarkは、子どもたちへ体を向けた。


Zark「ていうか、普通に強かった。小学生なの、マジで信じられないっす」

taka「ありがとう。おれ、今度からZarkの事も応援するよ」

Zark「……ボコボコにしておいて?」

taka「成長を見守る親みたいな感じで! 今度選手タオル買っておくね」


 Pikaが吹き出した。

 Uedaも笑いかけたが、そのPikaと目が合うと、少し背筋を伸ばした。


Pika「アナタも、よく耐えましたネ」

Ueda「……ぼく?」

Pika「何度倒しても、最後まで役割を続けました。ワタシもZEROも、手加減してませんヨ」

Ueda「でも、めっちゃ死んだけど」

Pika「死んでも勝ちました。Topには、そういう試合もあります」


 UedaはしばらくPikaを見つめてから、口元を緩めた。


Ueda「そっか……」


 後ろでMORIMORIとmonakaも嬉しそうに笑った。


Lemon「……いいチームだったよ。悔しいけど、本当に。GG」

taka「GG!」


 takaが笑顔で応えた。


 客席でも、子どもたちと保護者が試合の話を続けていた。

 誰が敵を引きつけ、誰が助けに来たのか。Game2で形勢がひっくり返った場面を、身振りを交えて話す子に、隣の親も頷いている。


 Lemonは、その声たちへ顔を向けた。


 ARCANAは負けた。

 それでも、目の前の観客は楽しんでいた。


Lemon(ボクは、こんな単純なことを忘れていたのか)


Lemon(勝つことだけじゃない。目の前の人を楽しませることも、プロの仕事だった)


 takaが姿勢を正した。


taka「パパのこと、よろしくお願いします!」


 深く頭を下げる。

 Zarkも、今度は茶化さなかった。


 そこへ、明美が下の子の陽菜と蒼太を連れて迎えに来た。


明美「初めまして。荒木の妻の明美です。いつも夫がお世話になっております」


 Lemonは立ち上がり、他の4人も会釈を返した。


明美「今回は、こんな大事になってしまって……すみません」

Lemon「いえ。必要なことだったと思います」

Lemon「こちらこそ、見に来ていただいてありがとうございました。……今後とも、よろしくお願いします」

明美「こちらこそ、よろしくお願いします」


 口にしてから、Lemonは少しだけ驚いた。

 今後とも。もう、ARAKIがいるこれからのことを話していた。


 高知が子どもたちへ帰り支度を促し、保護者も荷物をまとめ始めた。

 挨拶を終えたARAKIが戻ってくると、5歳の長女、陽菜が声を上げた。


陽菜「パパ!」


 そばへ寄り、父の服を引く。


 Lemonは、父の服を引く小さな手に目を留めた。


Lemon「ボクたちは先に戻ろうか」


 Lemonが仲間たちへ目を向けると、4人も頷いた。

 5人は荷物を手に、控室へ向かった。


陽菜「もうゲームおしまい?」

ARAKI「ああ。おしまいだ」

陽菜「じゃあ、帰ろ」


 ARAKIが答えるより先に、2歳の次男、蒼太も両手を伸ばした。


蒼太「だっこがいい!」


 腰を屈め、抱き上げる。

 蒼太は父の肩へ腕を回すと、そのままぴたりとくっついた。


明美「パパは、まだお話があるんだって」

陽菜「えー」

ARAKI「話が終わったら合流する。先にママと行っててくれ」


蒼太「やだ!!一緒いく」


 蒼太は、父の服をぎゅっと握った。


ARAKI「……そう言うな。パパを困らせるなよ」


 さっきまで4人を迷いなく動かしていた男が、今は服をつかむ小さな手に困っていた。

 明美は笑い、蒼太の顔を覗き込む。


明美「お兄ちゃんも一緒だよ」

taka「車のゲームしにいくか?」


 takaが隣へ来ると、蒼太が顔を向けた。その間に、ARAKIから明美の腕へ抱き移される。


明美「じゃあ、先に行ってるね」

ARAKI「ああ。終わったら連絡する。ありがとう」


 陽菜が手を振り、ARAKIも手を振り返した。

 家族と子どもたちが出口へ向かう。その声が遠ざかるまで、ARAKIは見送っていた。


*


 客席が空になり、大型スクリーンも消えていた。

 廊下からは、機材を運ぶ音が聞こえてくる。


 撤収の段取りを見ていた片桐が、和田とARAKIへ顔を向けた。


ARAKI(この短期間でここまでの企画に仕上げるとは……この髭、侮れんな……)


 片桐の所属するクロスライン・エージェンシーは、SOLプロリーグの広報を一手に担う広告代理店だ。スポンサー向けの企画や宣材の制作、メディアとの調整まで幅広く手がけている。


 リーグ設立当初から関わる片桐は、各チームやスポンサーとのつながりも深い。リーグ内での影響力も大きく、今回の対抗戦も、彼の働きかけがあって実現したものだった。


和田「本日は、本当にありがとうございました」

ARAKI「助かりました。ありがとうございます」

片桐「いえいえ。こちらも、十分に収穫がありましたので」


 片桐は髭を指先で撫で、ARAKIへ笑みを向けた。


片桐「ところで、ARAKIさんの転向は、それなりに注目を集めています」

片桐「スポーツ紙やテレビ局からも取材依頼が来ていましてね。そちらもぜひ、ご協力をお願いします」


 ARAKIは、一拍置いて頷いた。


ARAKI「……お手柔らかに」


 片桐は、今度は和田へ目を向けた。


片桐「和田さんも、これから忙しくなりますよ。取材の調整も、しっかりお願いします」

和田「……覚悟しておきますわ」

片桐「では、あとはよしなに。控室はあと1時間ほど使えます」


 片桐は満足そうに会釈し、撤収作業の方へ戻っていった。

 和田とARAKIは、5人が待つ控室へ向かった。


*


 ――控室の扉を開けると、5人が顔を上げた。

 ARAKIはその顔を見渡し、口の端を上げる。


 特約の発効を賭けた勝負には、勝った。


 どんな反論が来るのだろうか。

 何を言われても、引くつもりはなかった。


ARAKI「よう、負け犬ども」


 誰も言い返さなかった。

 代わりに、Shadowが落ち着いた声で口を開いた。


Shadow「特約の話なら、もう5人で済ませました。全員、反対する気はありません」

ARAKI「……は?」

Shadow「そのヒールみたいな態度も、もう取らなくて大丈夫ですよ」


 用意していた言葉が、行き場を失った。

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