第七話 現場判断
田村の視線が跳ねた。
「――待ってください!」
即座に無線へ手を伸ばす。
「指揮所より本部」
さっきまでの低い声が、わずかに上ずっていた。
「再申請」
「特殊装備運用制限の再評価要請」
続けて告げる。
「内部要救助者、多数」
「時間要素、極めて切迫」
テント内の空気が張り詰める。
「このままでは……」
一瞬、言葉が詰まる。
「生存者が全滅する可能性が高い」
返答はない。無線の向こうだけが静まり返っていた。
やがて、無線機が短く鳴る。
『――県警本部』
揺れのない声だった。
『先ほどの申請について通達』
『特殊装備運用許可、不承認で確定』
短い沈黙。
『理由変更なし』
『乳幼児環境における聴覚損傷リスク、排除不能』
ノイズが混じる。
『代替承認なし』
『現場裁量による運用も不可』
最後まで声の調子は変わらなかった。
『以上』
通信が切れ、無線の待機ノイズだけが戻る。
誰も言葉を発しない。
制度は変わらない。現実も変わらない。
悲鳴。
また一つ。
テント内の視線が、一斉に建物へ向いた。
田村だけが、ゆっくりと横を見る。
テント脇の簡易机。その足元に、黒いペリカンケースが置かれていた。
無線機材のものではない。
特殊装備用の搬送ケースだった。
田村の顎が、わずかに強張る。
許可は下りない。
だが、時間もない。
田村は低く告げた。
「……それ、開けろ」
テント脇の警官が、一瞬だけ動きを止めた。
「え……?」
「開けろ、早く」
田村の声が鋭くなる。
警官は反射的にロックを外し、蓋を持ち上げた。
規定どおり、八発のM84スタングレネードが収められていた。
テント内の空気が凍る。
「警部補――」
誰かが反射的に制止する。
田村はそちらを見なかった。
ケースを押し出す。
「……使ってください」
茂の視線はケースではなく、田村へ向いた。
数秒の沈黙。
「許可と責任は、どうなります?」
茂が気にしているのは、最初からそこだけだった。
周囲の視線が田村へ集まる。
「現場指揮判断です」
「装備の貸与も、使用許可も、こちらで持ちます」
「行政処理も、私の名前で通します」
茂はまだ動かない。
視線も揺れなかった。
「……あとで覆りませんよね?」
「覆らせない」
田村は即答した。
「そのための現場指揮です」
茂は初めて視線を箱へ落とした。緩衝材に固定された円筒。
「記録残りますよね?」
田村は即答した。
「はい」
「わかりました」
茂は中身を一瞥する。選別はしない。数だけを確認した。
円筒を掴み、そのままポケットへ押し込む。
だが、すべては収まらない。
残りは腰へ回し、ベルトの隙間に無造作に差し込んだ。
金属が乾いた音を立てた。
茂が八発すべてを身につけていく。
テント内の視線が揺れ、田村の眉がわずかに寄った。
「……使用したことは?」
茂は手を止めない。
「ないです」
「日本では合法的に持てないし」
「映画でしか見たことないです」
言いながら、黒い布を取り出す。
バラクラバを被る。
顔が覆われた。
続けてスポーツグラス。レンズが鈍く光を返す。
最後にケースを開いた。
槍――Injection 4.5– Saino Edition。
接合部をかみ合わせ、捻る。
ロック。
軽い金属音。
田村は黙って、その組み立てを見ていた。
数秒後、低く口を開く。
「いいですか。よく聞いてください」
「スタングレネードは殺傷用ではありません。閃光と衝撃音で相手の動きを止めるための装備です」
茂が身に着けたそれを指す。
「屋内では反響が強くなります。ですが――」
そこで言葉を切った。
「自分にも効きます」
茂の視線は動かない。
「使ったら、光を直接見ないでください。耳も守って」
「殺傷用ではありませんが、甘く見ないでください」
田村の視線が茂に固定される。
「連続使用も危険です。一発で決めるつもりで使ってください」
茂はわずかに視線を落とした。
簡易机の上に広げられた紙。
殴り書きの線。歪んだ四角。矢印。
現場で聞き取った情報だけをもとに描かれた、即席の間取り図だった。
茂の視線が紙の上を滑る。
頭の中で、平面の線が空間へ変わっていく。
「……なるほど」
田村は黙って待つ。
茂が腰の装備を押さえる。金属同士が小さく触れた。
「……じゃあ、順番は決まりました」
「入口まで同行は?」
「邪魔です」
茂は歩き出した。




