第41話 ニュースだけが通り過ぎていった
アパートの室内には、湿った熱気が満ちていた。
軋むベッドが、荒いリズムを刻んでいる。
ユイは茂の上に身体を重ね、衝動に突き動かされるように腰を動かし続けていた。
茂は、下から無言でユイを見上げていた。
身体は彼女の動きに合わせて揺れているが、その瞳だけは驚くほど静かで、冷たい。
揺れるユイに両手を伸ばした。
重みを受け止め、そのまま食い込せる。荒々しさはなく、感触を確かめる触れ方だった。
指が深く沈むたびに、ユイの身体が短く反応する。
ふとした瞬間、ユイが視線に気づいた。
茂の冷たい瞳が熱を帯びた自分の顔を、鏡のように無機質に見つめる。
「……っ、その目」
ユイは歪んだ笑みを浮かべ、茂の顔を引き寄せた。
そのまま、深く口づける。呼吸が近づき、間が詰まる。
「……あ、……」
茂の冷たさに押されるように、ユイの動きが速まり、やがて力が抜けた。
彼女の身体が大きく揺れ、息が乱れる。
先ほどまでの肌を打つ音は、短く切れる呼吸に置き換わった。
茂は依然として冷えた視線のまま、上に崩れた重みを受け止めていた。
テレビの音が、部屋に戻ってきた。
画面の明るさが、さっきまでの湿った空気を少しだけ押し返す。
テーブルの上には箱が並ぶ。
シーフードピザとミックスピザ。
紙袋の中にはLLサイズのフライドポテト。
ユイは冷蔵庫を開け、迷いなくビールを二本取り出した。
一本は自分の手に残し、もう一本を茂に差し出す。
「たまには飲めば?」
茂は一瞬だけ見てから、それを受け取った。
「うん」
缶を開ける音が重なり、テレビの音に紛れる。二人は並んで座り、黙ってピザに手を伸ばした。
チーズが伸び、具が落ちそうになる。ユイは気にせず食べ、茂は落ちない位置で折って口に運ぶ。
ビールが減り、ポテトの入った紙袋が擦れる。
画面では、どうでもいい番組が流れていた。
会話はない。
視線も交わらない。
それでも同じテーブルで、同じものを食べている。
夜はそのまま、続いていた。
テレビの画面が切り替わり、スタジオの照明が落ち着いた色になる。
軽い効果音のあと、アナウンサーが原稿に目を落とした。
佐藤:
こんばんは。「ニュース・ポイントゼロ」メインキャスターの佐藤です。本日、政府はゲート現象以降の懸案となっていた「新銃規制法」、いわゆる改正銃刀法の施行日を、来月の1日に決定したと発表しました。
小泉:
ようやくですね。ゲート現象直後の無秩序な武装化による混乱を経て、ようやく「一般市民が銃をどう管理するか」の法的な着地点が決まった形です。本日はこの新法について詳しく解説します。
佐藤:
ゲスト解説委員で治安問題評論家の江崎さん、今回の新法。ポイントはやはり「誰でも持てるが、自由には撃てない」という点に尽きますか?
江崎:
その通りです。これまでの日本における銃所持のハードルを考えると、歴史的な転換点です。しかし中身を見ると、これは「武装を推奨する法」ではなく、徹底した「デジタル管理法」なんですね。
小泉:
まず驚くのが取得の容易さです。これまでの猟銃免許と違い、一日講習を受ければ「仮免」が取得できる。合格率もかなり高いと聞いています。
江崎:
ええ。実技は最低限。選別は「人」ではなく「システム」で行うという思想です。この仮免こそが、新法における唯一の使用資格になります。
佐藤:
「本免」は存在しないんですね。
江崎:
必要ないからです。なぜなら、配備される銃そのものが、これまでの常識とは全く異なる設計だからです。
小泉:
(画面にライフルの3Dモデルが表示される)
こちらが新法対応の「特定管理ライフル」です。専門家の間では「一発銃」とも呼ばれているそうですが……佐藤さん、これ、マガジンがないんですよ。
佐藤:
本当だ。一発ずつ、手で込めるんですか?
江崎:
そうです。ボルトアクション方式ですが、弾倉という構造そのものを持たせていません。薬室に一発だけ手で込め、撃ったらまた込める。さらに口径は5.56mmのSP弾、つまり貫通力を抑えた被害抑制型に限定されています。
小泉:
連射ができない……。しかも、最も重要なのが「スマートロック」ですよね?
江崎:
(頷く)これが新法の肝です。銃がアプリ経由で本部のサーバーに繋がっており、警察が「発砲許可フラグ」を立てない限り、トリガーは物理的にロックされたままです。
佐藤:
つまり、目の前に害獣が現れても、本部の承認を待たなければ「ただの鉄の棒」だと?
江崎:
その通りです。市街地では原則として警察の同伴、あるいは現場本部の許可が必須。緊急時の無断発砲は後で厳格に審査され、不適切と判断されれば即、資格剥奪と処罰の対象になります。
小泉:
でも江崎さん。住宅街で急に襲われた時、そんな「許可待ち」の銃で本当に間に合うんでしょうか?
江崎:
政府はこの銃を、市街地における最終的な防衛手段と説明しています。しかし現場からは、「撃てるかどうかを待たされる銃を持つくらいなら、最初から自分の判断で動ける装備の方がいい」という声もあります
佐藤:
一方で、猟友会の方々、いわゆる「旧免許組」の銃には、このスマートロック義務はないんですよね?
江崎:
ええ。彼らは従来通りの銃を使えます。ただし市街地への投入は原則として避けられています。
結果として、「新法に基づく登録駆除従事者」が市街地を、「旧免許組」が山林を担う形に落ち着く可能性は高いでしょう。
小泉:
市街地で突発的に現れる個体には、新法の「遅い銃」を持った人たちが対応せざるを得ない……。
佐藤:
新銃規制法、来月1日の施行後、私たちの生活がどう変わるのか。注視が必要です。
小泉:
以上、特集でした。続いては――。
番組は次の話題へ移る。音量は変わらない。
ユイはピザを持ったまま、画面を見ている。茂も缶を置き、視線を動かさない。
ニュースだけが、部屋の中を通り過ぎていった。




