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僕と彼女の猟奇的な日常 ――怪物が現れるようになった日常で、歪んだ俺の性格が武器になる? なぜか海外からも依頼が来るようになった――  作者: nnnkkk
第一章 僕と彼女の猟奇的な日常

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第23話 許されている音

月六万。週三日、五時間勤務。


数字にすると、すぐ終わる。

茂はカウンター裏で伝票の束を揃えた。紙の端を合わせるだけの作業。指先だけが動く。


生活は、足りない分を現場で埋めるしかない。

だから報奨金は運じゃなく、構造になる。


市街地補正と証拠、控除。


勝っても、削られる。


スマホを開く。最近の履歴に残っている名前。

坂口(三和通商)


「V-Gel、Interdiction-04用。5本お願いします。」


送信。

画面を閉じ、再び紙を揃える。

店舗の空調の音だけが、耳元でやけに大きく響く。

返事が来なければ、次の手が減る。手が減れば、現場で死ぬ確率が上がる。

減れば、金も減る。


数分でスマホが震えた。


坂口(三和通商)


文は短い。


「V-Gel 5本、¥246,500 納期一週間くらい。

先払いでお願いします」

振込先:三和通商(株)

K南銀行 中央支店普通 2189473サンワツウショウ(カ

「入荷したら連絡します」


茂は短く返した。


「了解。振り込んでおきます」


送信。


先払い。二十五万。


指を止めず、履歴から回収業者のページを開く。


K市環境回収サービス株式会社フリー精算マイページ


ログイン画面。

入力欄は二つだけだった。


メールアドレス。

パスワード(6桁)。


打ち込む。

送信。


画面が切り替わり案件一覧。二件。


上の案件を開く。


19-KSC-0842


ステータス。

暫定成立。回収受領済。


精算対象額――¥543,565。


下へ。

ボタンがある。


[早期振込サービス 申請]


押す。

画面が切り替わり上部に表示。


[早期振込サービス ]


その下に、数字が並ぶ。


精算対象額:¥543,565

控除額:▲¥16,959(手数料3.12%)

控除後の振込予定額:¥526,606


注意書きが続く。


最終確定時の差額精算。案件リスクによる控除。返還不能時の精算制限……

小さい文字が、まだ続いている。


読まない。

読むために出ている文章じゃない。

たぶん。


確認。

送信。


――申請を受け付けました。


完了表示は小さい。

画面をそのまま見ていた。






「お疲れさまです」


茂は上着を掴んで店を出た。


雑居ビルの扉を抜けると、夕方前の冷えた空気が顔に当たる。

そのまま、外へ出た。



線路沿いは、風が抜ける。

踏切の警報が遠くで鳴って、止まって、また鳴った。


歩く。

フェンスの内側を電車が滑っていくたび、地面が微かに震える。足の裏に伝わるその振動が、今の茂にはひどく現実味を感じさせた。


前の方が騒がしい。

笑い声。乾いた金属音。そして――湿った、獣の悲鳴。


フェンス脇の空き地に、制服の少年たちが固まっていた。


六人。

茂より頭一つは低く、腕も細い。肩幅もなく、安物のポリエステル上着の中身がまだ入っていない。

その細い指先には、木刀や金属バットが不釣り合いなほど無骨に握られていた。

中学生か、せいぜい高校の一年生くらいに見える。


輪の真ん中には、黒い四つ脚がいた。

大型犬ほどのサイズ。

牙を剥いてはいるが、毛は汚れ、その瞳には犬のような意思はなく、ただ逃げ場だけを探している。


木刀が振り下ろされる。

「ほらァ! 立てや!!」

それは剣道のそれではない。ただの棒で、肉を叩き潰すための動作に見えた。


続いて金属バットが鳴る。

「おい、まだ動いてんぞ」

「マジしぶてぇな」

「いいじゃん。生きてるほうが楽しいだろ」


バットが空を切る。迷いのないフルスイング。

笑い声が上がり、それが合図のように全員に伝播する。

誰かが蹴り、獣の身体が転がる。鳴き声が途切れ、また漏れる。


「お前さ、それ当ててねぇから!」

「は? 当ててるわ」

「腹いけ、腹! ぐちゃらせろよ、何ビビってんの?」


輪の端に一人、殴っていない者がいた。

スマホを顔の前に固定している。画面は縦。


「ほらー、いま線路横。小型発見。ウチらで処理してまーす」

声のトーンが違う。急に明るく、媚びるような響き。

目の前の現場ではなく、画面の向こう側の何かと喋っている声。


「ちょ、コメントやば。やりすぎって何? 害獣だって。命じゃねーって」


バットを担いだ少年が茂に気づき、一瞬だけ視線が交差した。

少年はニヤついた。口角だけを引き吊り上げる、強がりの混ざった笑い方。


「んだよ? 見てんじゃねーよ」

「通りてーなら通れよ」


茂が足を進めようとした瞬間、輪の端の少年が一歩出た。

パーマをかけたリーゼント。

顔だけ妙に近くに寄せてくる。



「おまえも〝不運ハードラック〟とダンス〟っちまったいのかよ」



空気が、笑いに寄る。


別の少年が吐き捨てた。


「拓ちゃん、そんなやつほっとけって」


拓は舌打ちした。


周囲に失笑が漏れる。茂は表情を変えなかった。

この少年たちは自分を脅かす存在ですらない。ただの騒がしい雑音。

何も言わず、彼らの横を通り過ぎた。


視界の端で、再びバットが振り上がる。

木刀が落ち、獣の身体が跳ね、土が散る。

配信の声だけが、背中に貼りついて離れない。


「見える? こっち向いた。逃げる逃げる、押さえろって」

「腹いけ、腹」


誰かが笑い、誰かが息を切らし、誰かが画面に向かって調子よく喋り続ける。

茂は足を速めない。


踏切の音が近づき、電車が通過する。

振動が背後で鳴る打撃音をかき消していく。


彼らは特別ではない。制服を着て、群れて、声を上げているだけだ。

彼らを突き動かすのは、暇と、金と、そして許されているという空気。

害獣は殴っていい。

行政の通知も、街の貼り紙も、そう断定している。


殴って殺した分が、そのまま子供たちの小遣いに換算される。

金が残るから、次もやる。次があるから、暴力に慣れる。

それだけの話だ。


茂は線路沿いを歩いた。

夕方の冷たい光が、フェンスの金網を白く焼き付けている。

背後の笑い声も、怒鳴り声も、やがて聞こえなくなった。


最後に残るのは、無機質な鉄の軋みと、自分の足音だけ。

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