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僕と彼女の猟奇的な日常 ――怪物が現れるようになった日常で、歪んだ俺の性格が武器になる? なぜか海外からも依頼が来るようになった――  作者: nnnkkk
第一章 僕と彼女の猟奇的な日常

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第22話 熱が引かない

壁に立てたケースが、乾いた音を出す。

靴を脱ぐ。床が冷たい。


スマホの画面はもう消えている。

それでも網膜には、あの数字だけが残っていた。


手数料で三割引かれ、支払いは遅れる。


金額は、まだ分からない。

分からないのに――あの画面が勝手に出てくる。


五十五万。


たぶん、そこまで高くならない。ならないはずだ。

でも、五十五万が離れない。


息を吸う。まだ足りない。

喉が渇いている。水を飲めば落ち着くはず。


茂は蛇口を捻った。

透明な水が出る。飲む。冷たい。冷たいのに、喉の奥がまだ熱い。


現場の匂いが消えない。血と泥と肉。鼻の奥に残って離れない。


コップを置いた。

音が部屋に響く。それだけで何かが疼いた。


槍を見た。

ケースの中で佇んでいる。勝った。倒した。


シャツを脱いだ。

汗が乾ききっていない。


洗面所の鏡に肩が映る。蛍光灯の光で自分の輪郭だけが浮いて見えた。


さっきまで、あれだけ震えていた。あれだけ息が足りなかった。

なのに今、身体の内側だけが妙に軽い。


軽いのに、落ち着かない。

胸の奥が熱い。熱が下に落ちてくる。


一度、視線を逸らした。

鏡の中の目が、さっきより冷たい。


鼓動が遅い。

皮膚の下で何かが走っている気がする。


飢えじゃない。喉の渇きでもない。腹の奥が、じわじわ疼く。

下腹部。もっと下。


息を止めた。余計に意識が集まる。


気のせいだ、と頭が言う。

でも身体が勝手に答えを出す。


――欲しい。


何が、じゃない。ただ欲しい。

蛇口を捻り水を手に掬った。冷たい。冷たさが皮膚に刺さる。


その冷たさでも、下半身の熱は引かない。

自分の身体なのに、命令が効かない。


掌で鏡を拭った。

濡れてそれが広がる。自分の顔が歪む。


歪んだまま目だけが残った。笑っていないのに、薄く笑って見える。


視線を落とした。

股間の重さが、さっきまでとは違う。

何かだ溜まっている。


生々しい。


唾を飲んだ。

喉が鳴る。その音が自分の部屋で響いたことが気持ち悪い。


茂は腰のベルトを外した。


音を立てないように外したつもりだった。

でも金具が、乾いた音を出した。


――おかしい。


一度、目を閉じた。


瞼の裏に、腹の裂け目が浮かぶ。ぬるく光る赤。裂ける音。肉。

それと一緒に、熱が増す。


茂は目を開けた。


何かがズレている。

さっき倒したのは害獣だ。肉だ。死体だ。なのに身体だけが、別の方向へ動こうとする。


壁に背をつけた。

冷たい。冷たさが背骨に伝わる。


それでも熱は残る。

熱が引かない。


鏡を見たまま息を吐いた。

吐いても、下腹の疼きだけが残る。残って増えていく。


指先が震える。

自分の手だ。自分の身体だ。


なのに命令が効かない。


視界の端に、細いボトルが立っている。

ユイの物だ。キャップの隙間から、甘い匂いがする。


匂いを意識した瞬間、身体が反応した。

自分の意思とは無関係に。


――やめろ。


歯を食いしばった。噛む力は余っている。

待てばいい。ユイを待てばいい。


そう決めた瞬間に、いっそう熱が増した。待つという発想が、逆に火をつける。


また蛇口を捻った。

冷たい水。掌を冷やして、下腹に当てる。


一瞬、引く。引いてすぐ戻る。


意味がない。


鏡の中の自分が幼い。

冷たい目だけが残っている。


その目のまま、身体だけが熱い。


不愉快だ。気持ち悪い。なのに止まらない。

息を止めた。

止めても、疼きは増える。


――無理だ。


匂いがまだ残っている。ユイの匂いが、頭の中に刺さって抜けない。


我慢できない。


片手を目の前の鏡に置いた。

体重が少しだけ掛かる。鏡がかすかに軋んだ。


そのまま、目を閉じた。


右手が勝手に動き出す。


次の瞬間から先は記憶にない。

ただ、水の音だけが出しっぱなしで、呼吸だけが荒く残った。


鏡が曇っている。

曇りの向こうに、自分の顔だけが残っていた。


茂は掌を濡らし、顔を拭った。


冷たい。

呼吸が落ち着くほど、嫌悪が上がってくる。


気持ち悪い。


終わったのに、熱が残っている。

消えていない。身体の奥に、まだ余りがある。


……これが、ただの興奮じゃないなら笑えない。


洗面台の縁を掴んだ。

指に力が入る。入れたつもりより、はっきり強い。


歯を食いしばった。息を吐く。


匂いが残っている。

ユイの匂い。匂いだけで、また身体が動きそうになる。


ユイはいない。


いないのに、匂いだけがある。それが一番きつい。


灯りを消した。

暗くなる。暗い方たぶんましだ。







玄関のノブが回った。


「ただいまー」


ユイの声。

茂は居間から、短く返した。


「……おかえり」


ユイは靴を脱ぐ音のまま、洗面所に入った。

すぐに、足が止まる。


「……ここ」


小さく笑う気配がした。

次の瞬間、ユイが換気扇のスイッチを押し羽根が回り出す。


「止まんない感じ?」


笑いながら言う。軽い。

軽いのに、逃げ場がない。


茂は言い訳が浮かぶ前に、認める方が先に出た。


「……ごめん」


「別に、するのはいいよ」


ユイの声は刺さらない。

責めないまま、正面からだけ見ている。


「でもさ、私がいるんだからちゃんと隠したら?」


茂は黙って頷いた。

視線が上がらない。


ユイは洗面台の縁を指でなぞって、なにかを確認する。

それ以上は言わない。


「あと、それやる元気あるなら」


ユイはもう一度、笑った。


「今日もできるよね」


茂の腹の下が熱くなる。


さっきの続きみたいな熱。

ユイは手を洗って、タオルで拭いた。


「スペシャル元気になるの作ろっか」


そう言って洗面所を出て、キッチンへ向かう。


冷蔵庫が開く音。鍋に水を張る音。生活の音が部屋に戻った。


不意にスマホが震える。通知はメール。


差出人:K市環境回収サービス株式会社

件名:【回収受領】暫定精算見込額のご連絡


対象:大型《300kg級》

駆除報奨金総額:¥230,000(暫定)

(ベース¥180,000+市街地補正¥50,000 ※凍結対象の場合あり)

回収・運搬・衛生処理・行政連携手数料:▲¥60,000(見込)


※本件は市街地補正の整理により、精算額が変動する場合があります。

※必要に応じて貢献判定アジャストが行われます。

※本件の最終成立は、現場照合班の承認後、

 K市特定外来害獣管理システムを通じて別途通知されます。|


頭の中で引き算した。

二十三万。六万。残りは十七万。


そこで、もう一回。


ジェル。残り一本。使えば終わりのやつ。


――一本、五万。


十七万から、五万。残りは十二万。


画面を閉じた。

生活の数字が、血の匂いを押し流していく。


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