第16話 下手な戦争
制度は分かった。金の道筋も分かった。
だが紙の上の話だ。
問題は現実だ。
いまどれだけ死んでいる。
いまどれだけ壊れている。
いま、どれだけの人間が駆除をしていて――その大半がどれだけ素人か。
キーボードを叩いた。
K市 害獣警報 件数
K市 特定外来害獣 被害
駆除従事者 人数
候補が出る。
行政ページ。統計PDF。ニュース。SNSのまとめ。動画。
SNSを先に開いた。
役所の数字より、人間の声のほうが速い。
画面に投稿が縦に流れる。
『通知鳴って起きた。うちの地区今月何回目だよ。』
『回収来ねえ。臭い。子どもが吐いた。』
『駆除屋きたけどボウガン外してた。あれで当てれるわけねえ。』
『スリングショットで目狙ってたバカがガラス割って逃げた』
『矢が刺さったまま走り回ってて草じゃねえ』
表情を動かさずに読み続けた。
SNSは現実を飾らない。
正確でもない。
だが傾向だけは嘘をつかない。
検索窓に戻って、次の単語を打った。
ボウガン 命中率
市街地 駆除 飛び道具
動画サイトのリンクが上に来た。
「繁華街の駆除」「害獣」――サムネがどれも似ている。
一つ開いた。
画面の中で獣が走っている。人間は距離を取っている。近づけないからだ。
矢が刺さる。浅い。獣が振り払い走り続ける。次の矢が遅れて刺さる。
さらに遅れて石が当たる。
獣は止まらない。
コメント欄が荒れている。
『近づけよww』
『無理だろ死ぬわ』
『ボウガン弱すぎ』
『弱いんじゃなくて当てれてない』
『登録駆除屋は銃持ってるから余裕』
『銃は無理 まだ法が追いついてない』
『免許組だけ別ゲー』
「免許組」の文字で指を止めた。
――許可持ち。
害獣が出る前から持っていた連中。
害獣が出てから申請を通した少数派。
銃を持てる人間。
撃てるというだけで、戦い方が変わる。
――登録駆除屋は、どこまで現場にいる?
役所の統計PDFを開く。
画面の中央で丸い読み込みが回り続け、茂は椅子に深く座り直す。
少しして白い画面が出た。
[K市 特定外来害獣対応状況 月次報告(9月)]
[※市内配布資料/一般公開版]
一番上の日付を見た。
――今月。
スクロールすると表が出てくる。
[害獣警報(通知)発令件数]
市内合計:4,238件
(前月比:+9.2%)
次。
[駆除成立(市内)]
駆除成立件数:1,476件
(駆除成立率:34.8%/通知件数4,238件に対する比率)
※駆除成立率は、現場照合の成立確認(現認または回収工程照合)により確定した件数を基準とする
次。
[目撃→通報→一次対応]
平均初動:18分
平均収束:62分
回収完了まで:平均2時間(中央値)
さらに下へ。
太字の見出しが目に刺さった。
[人的被害(市内)]
死亡:62名
(一般市民 49/登録駆除従事者 7/未登録 4/警察 2)
重傷:168名
軽傷:742名
※死亡には直接致死のほか、逃走時の圧死・転落・二次事故を含む
※警察官の死亡には害獣による直接致死のほか、封鎖・誘導・規制業務中の交通事故、群衆事故、二次災害を含む
スクロールを止めた。
六十二。
登録が七。フリーが四。警察が二。
制度の内側にいても、外側にいても、
死ぬ時は同じだ。
次。
[負傷要因(重傷・軽傷含む)]
・害獣による直接負傷:316
・逃走時の転倒・圧迫:219
・誤射(弓弩・投射具・銃器等):87
・器物破損・二次事故:288
・その他:0
・不明/調査中:0
誤射が八十七。
[器物破損]
ガラス破損:412件
車両損傷:189件
店舗破損:41件
ページを進めると、太字が出てきた。
[対応主体別(一次対応/駆除成立)]
茂はそこで呼吸を浅くした。
――駆除屋だけじゃない。
表は二段に分かれていた。
[一次対応(封鎖・誘導・現場安全確保)]
・警察:55%
・登録駆除従事者:20%
・センター直轄(照合班):10%
・自衛隊:5%
・民間・未登録:10%
[駆除成立(最終関与)]
・登録駆除従事者:44%
・未登録:26%
・猟友会員・非加盟猟師:14%
・警察(害獣対応班):9%
・自衛隊(対応部隊):7%
茂は、一次対応のほうを見て頷いた。
警察が多い。
だが「六割超」じゃない。
駆除成立のほうを見て、さらに納得した。
駆除屋にフリーが混ざっている。
制度の外にいるくせに、四分の一以上。
――現場は、制度だけじゃ回らない。
次の太字。
[駆除従事者の稼働状況]
指先を止めた。
[登録駆除従事者]
登録者数:1,086名
当月稼働者:642名
平均出動回数:27.3回/月
出動義務未達成(警告):113名
千人。
だが動いているのは六百。義務があっても、動かない奴はいる。
次。
[未登録駆除従事者]
推定関与者数:不明
当月回収案件のうち未登録由来:37%
※推定根拠:回収ログ・目撃証言・命中痕解析
不明。当然だ――名簿も首輪もない。
そして、ページの下に小さく書かれていた。
[※未登録案件は指定回収事業者による回収・処理および精算対象となる]
[※未登録者は直接申請不可]
茂は精算対象という字面にだけ薄く笑た。
申請じゃない。
売るんだ。
死体を丸ごと渡して、金に換える。
次の表。
[兵装別 駆除・排除実績ログ(2026年度・K市暫定統計)]
車両(押し込み・轢き):30%
ボウガン・クロスボウ:27%
公権力供給兵装(警察・自衛隊):17%
銃器(従来制度の許可所持者):11%
罠・固定設備(落下・ワイヤ・電柵等):8%
その他(投擲・スリングショット等):4%
近接武器(刀剣・槍・鈍器):3%
※複合手段の場合、統計上の分類は「主因となった排除手段(致死または決定的無力化)」により単一カテゴリへ計上する(重複計上は行わない)
「罠・固定設備」の行で、視線を止めた。
8。
思ったより多い。
落下。ワイヤ。電柵。
人が「近づけない」状況で、街が勝手に生き延びようとした痕跡。
「その他」を見て、無意識に自分の右手を見た。
昨日、槍を握っていた指。
異物だ。この街の多数派じゃない。
ページの最後に、短い文章があった。
[補足:銃器について]
[銃砲所持許可制度(従来制度)は継続運用される]
[従来制度に基づき、既存許可者の所持・更新・運用は継続可能]
[従来制度に基づく新規の所持許可申請も可能]
[ただし市街地等の生活圏における発砲は、自治体の緊急対応手続および警察との現場調整(避難誘導・通行規制等)を要する]
[害獣対応における銃器運用の制度化(講習・弾薬統制・安全装置等)は別制度として準備中]
それを読み終えてから、ゆっくり息を吐いた。
銃は「害獣対応用に解禁」されてはいない。
だが従来制度の許可枠の中では、最初から存在している。
申請すれば、取れる。――時間はかかる。
だが現場は別だ。
市街地で撃つには手続きが要る。
避難誘導、通行規制、射線の確保。銃は自由に振り回せる道具じゃない。
だから広がらない。
結果、主流は飛び道具になる。矢。石。鉄球。
茂はタブを閉じなかった。
次に見るべきものは、もう決まっていた。




