表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女の猟奇的な日常 ――怪物が現れるようになった日常で、歪んだ俺の性格が武器になる? なぜか海外からも依頼が来るようになった――  作者: nnnkkk
第一章 僕と彼女の猟奇的な日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/42

第14話 報奨金の計算

外の音が戻ってきていた。

カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の静けさをゆっくり剥がしていく。


茂は一度目を開け、すぐ閉じた。

身体が重い。

筋肉の奥が熱を引きずっている。

疲労じゃない。昨日の熱が、まだ体に残っている。


布団の隣は冷えていた。

ユイの体温がない。

枕が少しへこんだままで、彼女が今朝ここにいた証拠だった。


――もういない。


茂は二度寝した。

意識が沈むのは速かった。

考えると胃が気持ち悪い。

駅前の匂い、破裂音、獣の体温。

それらを思い出さないために、脳が勝手に遮断を選んだ。


どれくらい寝たのか分からない。


――ビッ。


スマホが短く震えて、現実が戻ってくる。

机の上で黒い画面が一瞬だけ光った。


茂はしばらく動けなかった。

起き上がる理由がない。でも、理由がないままでも、思考は通知の方へ引き寄せられる。


腕を伸ばしスマホを掴む。

ロックを解除するのが面倒くさい。


差出人。


【K市特定外来害獣管理システム:自動配信メール】

件名:【査定確定】駆除事後承認および精算金額の通知(案件:19-KSC-0842)


本メールは、K市委託アジャスターによる現場査定および検体回収に基づき自動送信されています。


■ 対象検体情報

案件番号:19-KSC-0842(特大型《400kg級》)

最終ステータス:暫定成立/回収受領済


■ 報奨金算定

基本報奨金:¥300,000

地域危険度加重(市街地):¥500,000

報奨金総額:¥800,000


■ 貢献度評価《アジャスト判定》

判定スコア:85%(決定打認定)

減算理由:第三者寄与(先行クロスボウ飛翔体残留、および表皮損傷を確認)

適用総額:¥680,000(¥800,000 × 0.85)

※本割合はAI同期による寄与算定を基に査定担当が確定したものです


■諸費用差引

回収・運搬・衛生処理・行政連携手数料:▲¥136,435

(特大型ユニック作業/衛生処理/破棄証明発行/照合データ連携費を含む)

※本案件は複数関与・未登録案件のため、回収・処理費用(控除)は未登録の関与者に按分されます。

【精算対象額】¥543,565


振込予定


通常精算《週次バッチ》

毎週水曜 23:59 締め

翌週金曜に一括振込(金融機関営業日)


 [早期振込サービス]

※本サービスは、査定確定(暫定成立額または最終額確定)から24時間経過後に申請可能

※申請後、条件を満たす場合は即時(当日)振込

※市街地補正の凍結・混戦等がある案件は、条件により可否/手数料率が変動します


※振込先:「精算ID(個人照合番号)」照合済み口座

※本案件は市街地補正が凍結対象のため、最終成立後に差額精算が行われます(追加支払または相殺)


※本査定(貢献割合%)に異議がある場合は、査定確定表示から72時間以内に再査定リビジョンを申請してください。(別途事務手数料)。


K市環境回収サービス株式会社(査定管理部)

K市特定外来害獣対策局・公認アジャスターネットワーク


脳が遅れて理解して、その瞬間心臓が強く鳴った。

全部じゃない。だが――主役だ。


呼吸が深くなる。


五十五万。

昨日の争いが、メールになっている。


――これは揉める。

そういう仕組みだった。


けれどその揉める場所に自分の名前が載っている。

それが現実だった。


スマホを握ったまま、ゆっくり布団から起き上がった。

視線が、壁に立てたケースへ向く。

黒いキャリングケース。


スマホを見下ろし、通知欄を戻す。

口座の登録完了メールは、昨夜の日付のまま下の方に流れていた。手続きは済んでいる。だから今は返信の必要すらない。


何も打たなくていい。

それなのに、指先はしばらく画面の上で止まった。


スマホを放り、ベッドの端に座った。

部屋が静かになる。静かなのに、胸の内側が妙に煩い。


自分の掌を見た。

昨日、槍を握っていた指。


もう震えていない。


――これが、仕事になる。


そう思った瞬間、怖いのに、怖さが現実感を失っていく。


スマホを伏せた。


五十五万。


未登録。


登録駆除従事者。


昨日、駅前にいた連中は、少なくとも仕組みの内側にいた。


茂は寝転んで天井を見た。

今まで避けてきた。だから、興味もなかった。

登録も未登録も、ただの言葉だった。

けれど昨日、それが初めて現実になった。


調べたい。確認したい。

何をどうすれば、どこまで合法で、どこまで守られて、どこまで縛られるのか。


スマホでも読める。

でもこういうのは、画面が小さいと頭に入らない。規約と制度は、文字の多さで殴ってくる。


家にパソコンはない。


――バイト先。


あそこならバックヤードに古いパソコンがある。伝票と在庫表を開くためのやつ。茂が長く使っても文句は言われない。


布団から起き上がる。


顔を洗う。水が冷たい。

鏡の中の目だけが落ち着いていた。


身支度はすぐ終わる。

財布。スマホ。メモ帳。ペン。


玄関へ向かって、ふと足が止まった。


部屋はまだ薄暗い。

エアコンもキッチンの換気扇が止まっていて、空気は動いていない。


テーブルの上に、白いメモ用紙が一枚。

その横に、一万円札。

ただ置いてある。


字はユイだった。雑ではない。小さくて、早い字。


『今日は17時まで。

お昼はこれで食べて。』


それだけ。

余計な言葉はない。


一万円札を手に取り、財布に入れた。

紙の感触が指に残った。


昨夜の場面が戻る。


風呂上がりの髪がまだ濡れていた。

ユイがケースを見て、言った。


「これ、なに?」


声は軽かった。

興味というより、部屋にある異物の確認。冷蔵庫の中身を見るみたいな。


茂は迷わず言った。

「道具」


ユイは「ふーん」とだけ返し、それ以上は聞かなかった。

ただ、ケースの留め具に指を触れて、硬さを確かめるみたいに軽く押した。


「開けられんの、それ?」


茂が答える前に、ユイはもう興味を失っていた。


メモをポケットに入れた。

薄い紙なのに妙に重い。


視線が部屋の奥へ滑る。

壁に立てた黒いキャリングケース。


それを持ち上げた。

重さが手に馴染んでいる。昨日より軽く感じる。


玄関を出て鍵を閉める。

廊下の空気が冷たく、身体の内側の熱とぶつかった。


階段を降りながら考える。


登録したら、何が変わる。

変わらないなら、いらない。

変わるなら――使う。


アパートの外に出る。

朝の光は相変わらず優しくない。


薄い刃みたいな光が、足元と、黒いケースを切っていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ