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僕と彼女の猟奇的な日常 ――怪物が現れるようになった日常で、歪んだ俺の性格が武器になる? なぜか海外からも依頼が来るようになった――  作者: nnnkkk
第一章 僕と彼女の猟奇的な日常

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第9話 黒い槍

『警報:K市中央区。大型害獣の目撃情報。駅前周辺』


歩きながら画面を見てすぐ消した。

通知文の細部は見なかった。


駅前の方角へ足を向ける。

頭の中に浮かんでいるのは黒い刃と四つの細孔。


昨日あの男から受け取ったばかりの新しい玩具を早く使ってみたい。

理由はそれだけだった。


駅へ向かう途中、道が異様に空いていた。


車が寄せられハザードを点けたまま無人になっている。


遠くでサイレンが鳴っている。

近づいてるのか、遠ざかってるのか分からない。


歩道の端を逆方向へ走る女がいた。


片手で子供の手首を掴み、引きずるように走っている。

子供の靴が片方脱げ、アスファルトに転がった。


誰も拾わない。


駅前が見えた。

人がいる。


逃げて散るじゃない。集まっている。


スマホを上げるやつ、誰かを探して怒鳴るやつ。

パニックの形は一つじゃなく、混じっている。


横をナイロンケースを背負った男が走り抜けた。


銃?


駆除屋?

顔は見えなかった。


逆側からもそれっぽいのが二人。


片方はクロスボウを抱えている。


もう片方はスリングショット。

厚手の手袋でゴムを掴んでいた。


さらに遅れて、若い男が一人。

防刃ベスト?にパーカー。手には短い刀?いや……長いナイフ?


あれで大丈夫なのか?

目が泳いでいる。雰囲気だけ揃えた感じか。

マンガの見すぎだろ。


同じ方向に、武器を持った人間だけが増えていく。


茂は、運よく小型以上の現場に居合わせたことがない。


警報が鳴れば、いつもそこから遠ざかった。

だから、彼らの到着が早いのか遅いのかは分からない。

 

駅前広場のに近づくにつれて、匂いが変わっていく。


血と獣臭。

脂と糞尿と血の、生温い濃さ。


動物園で嗅いだ匂いに似ているのに何かが違う。


「危ないって!」

「戻れ!」


男の乱暴な声が飛ぶ。

テナントビルの自動ドア前は押し合い、人が揉めている。


広場のタイルに黒い染みがある。


血だと理解するより先に、足跡がその上を踏み荒らしているのが見えた。


茂は一瞬だけ笑いそうになった。


――いる。


人が集まる場所に、あれも来る。

使うならここだ。


正面から突っ込むのは馬鹿だ。

見えない場所で組んでから出ればいい。


広告塔の陰。自販機が二台並び、その裏が死角になっている。

そこへ滑り込む。音が少し遠くなった。


膝をつき、ケースの留め具に指を掛ける。

噛み合いが外れた瞬間、金具が小さく鳴った。一本目。二本目。


その音が、やけに大きく聞こえた。周囲の叫びの中でも、金属音だけが妙に浮く。

緊張してるから?


唾を飲み込む。

喉が引っかかって動かない。

口を開けても空気が乾きすぎている。


蓋を開ける。中に艶の無い黒いシャフトが覗いた。


――やめとけ。


頭のどこかでそう言った。

声じゃない。

何かはわからない。


それを無視して手を入れた。

入れてしまった。もう戻せない感じがした。


槍は二つに分かれて収まっている。


上側――刃とクロスバー。


下側――シャフトの主軸。


下側を掴む。


立てる。


膝が勝手に震えた。止められない。

歯が、カチ、カチと鳴った。


――震えてる。


昨日は安いと思った。欲しいと思った。それだけだったはずだ。


なのに今、駅前で、血の匂いの中で、これを組んでいる。


「……っ」


声が漏れた。


短い息。

身体が勝手に出した音だ。


びびってる?


上側を取り出す。刃先はケースのスポンジに吸い付くように収まっていた。


テフロンが光を拒む。

飾りじゃない。ちゃんとした道具の顔をしてる。


接合部に手を添える。チタンが冷たい。指先の熱を奪う。


差し込む。


回す。

あれ?


一瞬、噛み合わない。


心臓が跳ね、息が詰まる。指先の震えが止まらない。歯が鳴る。


――やめろ。落ち着け。


誰に言ってるのか分からない。唇を噛んだ。痛みで意識を戻す。


角度を半度ずらして、もう一度。


回る。


締まる。


最後の一段が硬い。

力を入れた瞬間、掌が滑りかけた。


「……っ、くそ」


小さく吐き捨てる。

怒ってるんじゃない。怖いのをごまかしてるだけだ。


震える手首で締め込む、ロックの感触が来た。


カチ、と乾いた音。


一本になった。


全長一九五〇ミリ。長い。思った以上に長い。

こんなものを、人がいる場所で――。


大丈夫。

合法だ。


槍を抱えるように支え、ポケットへ手を入れた。

V-Gel。


硬いカートリッジの感触。

三本ある。


数だけ確認して一本取り出した。


キャップを外す。指が震えて上手く回らない。

爪が滑ってプラスチックの上を滑る。


――落とすな。


落としたら終わるかも。拾う間に踏まれるかも。

奪われる。

笑われる。


死ぬ。


息を止めて、今度はゆっくり外した。


チャンバーへカートリッジを差し込む。

硬い抵抗。指先が痺れる。


ロックスリーブを押し戻し、右に捻る。

最後に、わずかに噛み合って止まる。


――装填《load》完了。





広場の叫びが一段上がった。

次に、重い衝撃音。何かが倒れる。鉄の塊だ。


死角から覗いた。


大型害獣が駅前広場の中央にいた。

黒い毛の塊。


首を振り鼻先を地面へ落とし、逃げ遅れた人間へ突っ込む。


踏まれた誰かが動かない。


喉がひくついた。


――無理だ。


一瞬そう思って、すぐ打ち消す。

無理だと思ったままでも、身体は勝手に動く。


ここで逃げたら今日は終わらない。

今夜も終わらない。


ずっとこの瞬間に戻される気がした。


槍先が揺れている。視界が少しだけ狭い。


茂は唇を開き、空気を吸った。

歯の鳴りが止まらないまま、槍先を低く落とした。


狙いは獣じゃない。獣が次に向きを変える、その瞬間の側面。


刺して、離れる。


刺して、離れる。


――――それだけ。



「……………俺、何やってんだ」


呟きは風に消える。


それが消える前に獣が頭を振った。



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