113話 憎悪の追憶 2
「…っ」
気絶してからどれくらい経ったかはわからない。
彼女は目覚めた。
「…え?」
目覚めると、彼女の手は天井から垂れる紐に縛られ、吊るされていた。
首筋には鈍い痛みが残り、意識もまだはっきりしていない。
「どういう…ことですか?…」
彼女はあたりを見渡した。
彼女の周りには暗闇が広がっている。
近くには薄っすらと机や椅子、工具などが見える。
その光景に、彼女は見覚えがあった。
「別邸の…地下室?」
それは、自身の一族が所有する別邸の一つの地下室だった。
そこはあまり使われていないからか、ほんのりとホコリ臭い。
カツッ…カツッ…
彼女が周囲を見渡していると、近くで足音が聞こえた。
カツッ…カツッ…
それも1つではなく、2つ、3つと聞こえた。
そして、彼女の前に3名の人物が現れた。
その3人を見て、彼女は目を見開く。
「…貴方がたが…なぜ…」
それは、一族の分家の者達だった。
彼らは鋭い眼光を向けながら、彼女の前に立つ。
「貴様が当主など認められるか」
「…ですが…それは…っ!?」
意識がはっきりしてきた彼女は、自分の前にいる人物に言葉を返そうとする。
すると、分家の者は彼女の顔を掴んで口を塞ぐ。
「黙れ!我らはこれまで当主に多くの貢献をしてきた!」
「それなのに、ただ才能がある小娘が次期当主など断じて許されない!」
分家の者達は言葉を続ける。
「そこで、考えた」
そう言うと、分家の者達は不敵な笑みを浮かべた。
「貴様の才能を半分にしてしまえば、もう貴様は脅威ではない」
「…!?」
そう言うと、分家の者の1人が本を開く。
それは、先日彼女が見ていた「バルトの禁術」と同じものだった。
「そこからゆっくり…お前を殺すとしよう」
そう言うと、分家の者達は彼女を囲み、詠唱を始める。
「・〜〜ー・ー〜…」
「い…いやだ…やめて…」
言葉とやろうとしていることを理解した彼女は、弱々しくそう言った。
だが、詠唱は止まることなく、続けられた。
彼女は、ただ泣くことしか出来なかった。
「「「生命分裂!!」」」
そして、バルトの禁術は発動された。
「「あぁぁぁぁぁぁ!!!」」
発動されると、彼女の声は徐々に二重になり、次の瞬間、眩い光が部屋を包んだ。
その光は神々しくも、どこか禍々しいものであり、おぞましい何かを感じられた。
光はその部屋を白い世界に変え、彼女は何も見えなくなった。
そして、光が消えると、そこには2人の瓜二つの女が倒れていた。
「…やった。成功だ!」
「これでこいつはもう凡人よ」
分家の者は歓声を上げた。
術は成功したのだ。
倒れていた2人は、先程まで吊るされていた彼女が分裂したものだ。
そして、分家の者は笑みを浮かべながら腰の剣を抜く。
「さて…ではこいつも殺すとしよう」
「当主と同じように…だな」
彼らの発言は、この一族の現状を物語る。
彼らはここに来る前に、当主とその息子たちを惨殺してきた。
それにより、本家は壊滅。
生き残りは彼女だけなのだ。
彼らの狙いは、当主の座の強奪だ。
そのためには、本家の存在は邪魔でしかなかったのだ。
「では…一太刀でおば!!?」
1人が彼女の片方を殺そうとした瞬間、そいつは不可解な声を上げた。
「どうし、あ…」
もう1人がそいつを見ると、そいつの首に穴が空いていた。
そして血を吹き出し、倒れた。
「はぁ!!?」
それを見た者は驚き、その場に倒れた。
「そんな…嘘ば!!?」
スパッ!
倒れこんだやつは、何かを言おうとした瞬間、何者かにより首を裂かれた。
「…なんだ…何が起きてる!!」
取り残された1人は周囲を見渡す。
そして、一点に視線が止まる。
先程まで倒れていたもう1人の彼女がいないのだ。
スパッ!!
それに気づいた瞬間、彼は首から血を吹き出し、殺された。
そしてそこには、もう1人の彼女が立っていた。
彼女の体は返り血で染まり、右手には氷でできた鋭利なものを持っている。
そして、片目は赤く輝いている。
彼女はそのまま、虚空を見つめる。
そしてその瞬間、彼女の脳内に凄まじい情報が流れ込む。
『これで我らの時代だ』
『金も奪えた。もう当主などに興味はない』
『所詮はお人好しで家族思いのやつから死んでいく』
『誠実に生きようとした哀れな人生よのう』
………。
その情報の正体を、彼女はすぐ理解した。
これは、分家の者の感情だ。
感情が何かを通して聞こえてくる。
それを聞いた瞬間、彼女の心には憎悪が芽生えた。
私欲で家族に手をかけた者への恨み。
身勝手な理由で全てを切り捨てる者への呆れ。
人の善意を踏みにじる者への怒り。
そして彼女は、表情一つ変えずに外に出た。
外に出ると、そこにはさらなる惨状があった。
一族の屋敷にて、分家は殺し合いを始めていた。
その情景に、彼女は驚いたものの、すぐに理解した。
『憎い』
『憎い』
『憎い』
『憎い』
『憎い』
『憎い』
彼女の脳内には「憎い」という感情が流れ込んできた。
ふと、近くにあった鏡を拾い、自分の顔を見た。
彼女の左目は赤く光っていた。
そしてこの瞬間、彼女は理解した。
自身の目に異能眼が発言したことを。
そしてそれは、かつて見た本の中にあった眼でもあった。
共鳴眼。
彼女の目に宿った異能眼。
周囲の人間と自身の思考、感覚を共鳴させる。
行動の支配もでき、多少の未来の可能性を見ることもできる。
さらに、共鳴した相手の記憶を改ざんすることもできる。
気づいたときには、分家の者は全滅していた。
どうやら、彼らは彼女の憎悪と共鳴し、無差別な殺し合いを始めたようだ。
彼女はその状況を見て何を思ったのか、地下室に戻った。
地下室に戻ると、彼女はもう1人の自分の前に立った。
「…あなたは…私?…それとも…他人?」
そう言って彼女はしゃがみ、もう1人の自分の額に指を当てる。
そして、こう念じる。
ーあなたの一族は、出家や戦争により血が途絶えた。
そして、あなたはその最後の生き残り。
末裔。
あなたには結界と治癒の才能があり、将来はきっと、治療関連の任につくだろうと思っている。
そして、幸せに暮らすー
このように念を飛ばし、彼女はもう1人の自分の記憶を改ざんした。
そして、もう1人の自分を抱えた彼女はその後、王宮へ行き、もう1人の自分を預け、王宮内にいた人の記憶を改ざんした。
そして彼女は、この国をひたすら周り、一族についての記憶を改ざんし続けた。
すべての国民の改ざんが終わると、彼女は国を出た。
そして、心で唱える。
私はもう…彼女じゃない。
憎悪に囚われた…ただの狂人だ。
私はもう…この世界を愛せない。
もう幸せだった頃の彼女では…
カレラ・パルトではないのだから…
そうして彼女は、姿をくらました。
これは、パルト家が滅びるまでの物語であり、実話である。




