千山万水、青い血VS青い血‐①
彼女たちは人類存亡をかけた戦いを繰り広げるはずだった。
GSS計画推進グループ、通称「緑威」との壮絶な死闘が待ち受けているはずだった。
そして、輝かしい未来を手にするはずだった。
しなければならなかった。
だがしかし、今や残っているのは、三人目の少女、三改木森羅ただ一人だけだった。
晒菜の意識が戻ったころには、三改木はエプロン姿で台所に立っていた。
「おはよう、晒菜升麻君」
自分の名前が呼ばれたことに驚く晒菜。そして、その名を呼んだものが二目木を切りつけた相手であるということが分かりさらに驚く。
「……ッ」
晒菜は立ち上がり、必死に威嚇態勢をとった。
「お前は……いったい……」
三改木はそんな晒菜の態度を気にすることなく言った。
「さあ、朝ごはんだ」
テーブルにはクロックマダムが二つ綺麗に並べられていた。
あまりにも普通に接してくる三改木に晒菜は戸惑い、自分の記憶が欠けているのではないかと疑った。
「俺は……なんでこんなとこに……」
記憶が混濁していて上手く思い出すことが出来ない。
「説明してやろう……君は私と一緒に世界を救わねばならない」
「…………」
「GSS計画推進グループ、通称『緑威』の脅威から世界を守らねばならない」
「…………」
そうだ、そうだった。
俺は……林檎と一緒になって世界を救うって……
「君と私でやるしかない。もうこの世界には君と私しか残されてはいない」
「……嘘だ」
「嘘なんてついてどうする。我々以外はもう……」
「雄山院長は!? 雄山院長なら……」
「死んだ」
「……え」
「私が午時花病院に帰った時にはすでに殺されていた。もう我々しかいないんだ……」
「…………」
晒菜は言葉が出なかった。あまりにも急展開すぎる。雄山院長はどこにもいかない、心のどこかでそう考えていた自分がいた。院長に頼ればなんとかなるだろうなんて思って、林檎と一緒にお使い感覚であのプラントまで行ったのに……
「改めて自己紹介しよう。私の名前は三改木森羅。
――雄山シリーズ最後の一人だ」
晒菜には最後という言葉が妙に耳に残って聞こえた。
「最後のって……」
「そうだ、一寸木、二目木、に続く最後の人造人間だ。まあ、あまり自分で人造人間なんて言いいたくはないのだがな……」
やっぱりそうだったのか、林檎がお姉さんと言っていたのは間違っていなかったのか……心の中で晒菜は納得し、同時に二目木を失った悲しみが再びこみあげてきた。
「二目木は……死んだんですか……」
「そうだ、君も見ていたんじゃなかったのか。あの爆発を……」
あの爆発痕は二目木のものだったのだ。晒菜はまた納得した。だが晒菜は信じたくなかった。二目木はまだ生きている、そう思いたかった。
「残念だが、私と君でこれから二人三脚だ。正直この状況を変えるということは非常に難しい。だが、やらねばならぬ、やり遂げねばならない」
「それは、使命だからですか?」
「そうだ」
三改木は即答した。林檎もそんなことを言ってたっけなんて思うとやっぱりまた悲しくなった。
「ここは午時花病院の地下室だ。しばらくは大丈夫だろうが、ここもいつかは見つかってしまうだろう。だからそれまでになんとかしなければならない」
「なんとかっていっても……」
晒菜はもうどうすればいいかわからなかった。だが、雄山院長の頼みを引き受けた手前引きさがる気にはならなかった。雄山院長、二目木林檎、ここで晒菜が引いても誰も咎める者はいない。晒菜はやるしかないと思っていた。一寸木と二目木がいたらきっとそうするだろう、そう思った。
「この計画を阻止するには、敵の本拠地を叩くしかない。叩くしか……」
「そんなこと言ったって……僕に何が出来るんですか?結局一寸木さんも、林檎も、僕が何もできなかったばっかりにやつらにやられてしまった……」
晒菜は拳を握りしめ、唇をかみしめた。
「何が出来るって? そんなこと決まってるじゃないか……
――私と一緒に戦うんだよ。」
三改木は屈託のない晴れ晴れとした顔で言った。三改木は決して冗談ではなく本気で言っているのだろうということを晒菜は感じ取った。
「ぼ、僕があんなのと戦えるわけ……」
そう言いかけた晒菜を遮って、三改木は言った。
「晒菜君は悔しくはないのか? 一寸木、二目木がむざむざ殺されて!
……私は悔しい。このままじゃ引き下がれない。使命と言うことはもちろんあるが、それ以上に私は彼女らの無念を晴らしてやりたい。彼女たちは私と同じようにもっと生きたかったはずなんだ……もっと生きて……もっと外の世界で……」
三改木はうつ向いて黙ってしまった。
「…………」
二人の間に沈黙が流れた。
俺は……いったいどうすればいいんだ……
俺は……いったいどうしたいんだ……
自問自答する晒菜。
「…………」
少し間をおいて晒菜は言い放った。
「――決めた! 俺は一緒に戦う! そして、世界を守る!」
これは、前の興味半分の口約束ではない。そんな軽々しいものでは決してなかった。神にだって、なんにだって誓うことができる。
――俺は本気だ。
覚悟だとか、決意だとかいう言葉で片付けてしまうのは嫌いだけれど、俺は本当に今回こそはやってやるなんて思ってるんだ。正義のヒーロー?いいじゃないですか。腹をくくって、身を挺して、世界を救ってみせる。
一寸木さん、林檎、俺が不甲斐なかったせいでこんなことになってごめん。せめて俺が二人の役目を果たしてみせる。この俺が、二人の使命を全うしてみせる。
「その言葉を待っていた……」
三改木が腕組みしながら、晒菜のほうに視線を向けていた。
「さあ、これから君と私で二人きりだ!」
そう言って三改木は大きな銀色の扉の取っ手に手をかけていた。
ギギギという音とともに扉が開かれる。そこから白い煙がもくもくと出てきている。
「な……なんだ……」
「そんなの決まっているだろう?
――修行だ!」
扉から出てきたのは……
「こ、これは……」
次回は8月19日(土)7時更新です☆