2.研修始めとやりたいこと
長い廊下を歩いた末、ようやく執務室についたため、ドアをノックして開ける。
「お父様、失礼します」
その声に反応した父親がレスティアの方に顔を向ける。
「来たか。レスティア、今年で十三だろう。そろそろ、進路を決めなければと思ってな」
この世界の成人は十八歳なのだが、少なくともこの国では、平民の場合は十三歳ぐらいから進路を決めて、将来的につきたい職業の勉強をしたりする研修が五年間あるのだ。
研修というのは、日本でいう学校のようなもので、多くの場合は親と同系統の職業、あるいは家業を継ぐ。
貴族の場合は学校に五年間行くらしい。
そして、研修というのは、将来の職業と密接に繋がっていて、研修修了書がなければ、職業につくのは難しい。
「選んでいいってこと?」
レスティアがそうたずねると父は頷いた。
(やりたいこと……)
そのことを考えたレスティアの頭に真っ先によぎったのは……
『冒険者』
その言葉で……だけどすぐに、レスティアはそれを追い払うように頭を振る。
(……私は、一日に数十分でも物語に触れることさえできればなんでもいい。だから……)
「……なりたいものがないなら私の持ってる工房のひとつで針子研修や、布染め研修でもいいが。」
考えに耽っていたレスティアを見ていた父がそう言う。レスティアの知る限り、この人は父として家族としてどうかと言われると微妙ではあるし、我が子に無関心ではあるものの……衣食住を与える、我が子が将来ひとりで生きていけるように飢えないような職業につかせるという保護者として必要最低限のことはしてくれる人だとレスティアはそう思っている。
だから……
「お父様に任せます。私は特にやりたいことはないですし……」
「分かった。同年代の者たちの研修始めの準備が整うであろう三ヶ月後ぐらいに、レスティアの研修について報告の場を設ける」
「分かりました。お忙しい中、失礼いたしました」
それだけ言って、父の部屋を後にして廊下を歩いていたレスティアは理由は分からないものの、釈然としないモヤモヤとした気持ちを抱えていた。
(大丈夫。これで、正解なはず……お父様に任せておけばまともな職には就けるはずだし……)
そのモヤモヤを追い払うように少し駆け足で自分の部屋に戻り、まだ読んでいなかった物語の本に手をつけてみるものの……
(この感じ全然消えない……)
その日は結局、何も手につかず、そのまま夜を迎えてしまって、寝ようと入った布団の中でもそのモヤモヤは消えてはくれなかった。
(あれ?ここって……私、どうしたんだっけ)
そこにあるのは、見覚えのある白い壁と床と扉で構成された廊下。"私"はその場所を慣れた実家のように歩いていて……
「パパ、ママ!来てくれたの!」
とても嬉しそうな弾むようなその声に惹かれて、そちらを向いた"私"の視界に入ってきたのは……
「お利口さんにしてたか?」
「うん!」
「ふふ。今日は調子が良さそうね」
そんな会話をしながら、パジャマを着た少女と懐に飛び込んで来たその少女をとても愛おしそうに抱きとめてる男性と女性の姿だった。
(……そういえば、あの人達が最後にお見舞いに来た日っていつだっけ……)
思い返してみるも、大分前だったって、それだけしか分からず……
(別にいいけど今更だし……あの人達が来ようが来なかろうが、私には物語さえあればいい。私はひとりでだって……)
「は……!あれ……」
一瞬、何が起きた分からず、辺りを見回したレスティアの視界に映ったのは、あのどこまでも白い光景ではなくて、もう随分見慣れた自室だった。
(あの頃の夢か……うー……最悪の目覚め過ぎる。正直言って彩乃の頃の記憶とか綺麗さっぱり消え去りたいぐらいなんだけど……)
まあ、でもこの夢を見た原因は分かるのだ。
昔から不安定になると、よくあの頃の夢を見たし、心当たりがないわけでもない。
暗い気持ちを晴らすように窓の外を見やると、窓越しに見えるその空は、まだうっすら暗く早朝の気配を残していて、起きるのには早い。
けれど、夢見が悪かったせいで、二度寝できそうな感じでもない。
そのため、仕方なくパジャマから私服に着替えて、いつでも起きれる準備をして、ベッドの横のチェストに置いてあるお気にいりの本を手にベッドに潜りこんだ。
(あ、髪やってなかった……まあいっか)
普段はモニカが私にやらせてくださいと言っているため任せているが一応、自分で身支度を整えることもできる。
そんな感じでベッドでごろごろしていたため、それから数時間後、レスティアを起こすため部屋にやってきたモニカに「もう、自分で身支度を整えた時は髪までしっかりやってくださいと言ってるじゃないですか?そんな寝起きのボサボサの状態のままでいたら、レスティア様の綺麗な髪が傷んでしまいます」などと、注意されてしまった。
「そういえば、レスティア様は昨日、研修決めをなさったんですよね?レスティア様は何に就くんですか」
真っ昼間の部屋で、本を片手にベッドでごろごろしていると、ふいにモニカにそんなことを聞かれたのだった。




