8.ジークフリートの邸へ
婚姻の儀を無事に終えるとすぐ、ディアーヌはジークフリートが引き連れて来た迎えと共に、ディッセンへと入境した。
ディッセンの王都まで本来なら数日はかかる。
しかし、出来るだけ自国での不在を短くしたいとのジークフリート側の希望で、通常では考えられない速さでの移動となった。
もはや馬車の中ですら、常に掴まっていないと振り落とされそうである。エマと二人で支え合って、何とか耐えられるくらいだった。
ジークフリートや護衛の騎士達は馬での移動のため、移動中に話す機会も無かった。
夜には疲れ切り、滞在先の貴族の屋敷での歓待に応じでもすると、すぐに寝入ってしまう。
無論ディアーヌとジークフリートの寝室は別であった。警護の都合、とのことらしい。
そうして強行軍が王都のジークフリートの邸に着いたのは、二日後のことだった。
「私は城に行かなくてはならない。君は休んでいてくれ」
邸に着いて早々、玄関先でジークフリートに告げられた言葉がそれであった。
「……はい」
背後からエマの殺気だった気配を感じはしたが、馬車酔いの続いていたディアーヌはそう答えるので精一杯だった。
それに、ジークフリートは三年間のほとんどを国に帰れなかったくらいだ。きっとこんな事は日常茶飯事に違いなかった。
それなら自分が慣れるしかない。
回らない頭で、ディアーヌはそう決意した。
「妃殿下、よろしいでしょうか」
ジークフリートを見送った後、見計らったかの様に邸の者に声をかけられる。
「ええ。勿論よ」
ディアーヌが笑顔で答えると、エルンストと名乗った初老の家令は、邸の中へとディアーヌを案内した。
中に入ると、玄関ホールに主だった侍女や使用人達が一堂に会してディアーヌに礼をとっていた。
その中で一歩前に立つ人物が、代表してディアーヌへと挨拶を述べた。
「ようこそお越しくださいました妃殿下。今日より心からお仕えさせていただきます」
お手本の様に綺麗な所作のその年配の女性は、アンナと名乗った。長年に渡り侍女頭を勤めているのだという。
「ありがとう。こちらこそよろしくお願いしますね」
ディアーヌの言葉に目を細めて微笑むと、アンナはすぐに使用人たちを持ち場に戻らせ、自らディアーヌを部屋へと案内した。
「お顔の色が優れませんね」
「え」
部屋に入るとすぐに、ディアーヌにソファを勧めてアンナはそう言った。
「殿下の無茶な行程のせいでしょう。まったく……あの方は女性の扱いがわかってらっしゃらない」
はあと、聞こえるくらい大きなため息を吐かれて、ディアーヌは目を丸くする。
不敬ではないのだろうか。
大丈夫なのだろうか。
不安そうなディアーヌの視線を感じたのか、アンナは声をあげて笑った。
「失礼いたしました。私は殿下の乳母だったのですよ」
「まぁ!」
「ですからどうぞ、殿下の愚痴は私にお言い付けくださいませ。懲らしめてやりますからね」
そう楽し気に言うと、アンナはまた声をあげて笑ったのだった。
◇
「とっても良い人たちばかりだわ」
馬車酔いも落ち着き、湯浴みも済ませ、エマと二人の自室でのんびりとくつろぎながら、ディアーヌは感慨深げに呟いた。
「肝心の旦那様が……ちょっと」
「エマ!何てこと」
「申し訳ありません」
飛び込んで来たあまりの失言に、ディアーヌは真っ青な顔でエマを諫めた。
けれどエマはといえば、相変わらず不満がありありと現れている。
「エマ」
「花嫁姿一つ褒めない様な方ですよ?」
「それは……」
確かに少し、悲しかったけれど。
帰路を急ぐジークフリートには、花嫁に気の利いた声をかける考えなど無かったのだろう。
そもそも何か期待していた訳ではない。
ディアーヌの自己満足で着たドレスなのだから、不満を持つのは筋違いだ。
「エマ。ジークフリート様はこの邸の主なのだから、その態度はいけないわ」
「……はい」
渋々頷くエマを見て、これは案外慣れるのに時間がかかりそうだなと、ディアーヌは思った。
(今度アンナに相談してみましょう)
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