6.出立の時
ディアーヌの婚約が結ばれてから二年後、輿入れの日取りは一度決まり、その後延期になった。
ディッセンと領土を接する大公国との間で争いが起き、ジークフリートが出陣したためだ。
この二年の間にジークフリートと交わした手紙は、全部で両手ほど。
そのどれもがディアーヌへの心遣いを感じられるものだったから、勿論不満などはない。
ただ、あまりの出陣の多さに、どうしても言いしれぬ不安は募っていった。
「ねえエマ。わたくしがお役に立てることって何かしら?」
いつもの様に、エマに尋ねる。
ディアーヌより三歳上のエマは、ディッセンにもついて来てくれることが決まっていた。
「お嫁入りするだけで十分では?」
「もう!」
可愛らしく頬を膨らませたディアーヌを見つめながら、エマは無言で頷いている。
誰よりも信頼出来る、姉の様な侍女ではあるけれど、どうもエマはディアーヌに甘かった。
このままでは埒が開かないと感じたディアーヌは、自室の書棚から分厚い図鑑を取り出した。
最初にジークフリートに贈ってもらった図鑑だ。
この二年の間で、言葉も文字もほぼ完璧だと講師のお墨付きを貰っている。何なら他の国の言語も大抵習得済みですらあった。
マナーや慣習も、フレンシアで出来ることは全て覚えた。
ディアーヌは十六歳になっていた。
フレンシアではまだ子ども扱いだが、ディッセンでは既に成人年齢に達している。
二年のうちに、聖王国では先代の末弟が反旗を翻して内乱が始まると、フレンシアは当然王弟を支援していた。
ディッセンは、大公国との領土争いに終わりが見えない。
帝国も皇太子争いが本格化していると聞く。
一刻も早く同盟の強化を図るためにも、ディアーヌの輿入れが望まれる状況だった。
けれど、当のジークフリートが戦地から戻らないのだ。
身動きが取れなかった。
「ディッセンの辺境は、度重なる争いで荒れ果ててしまっているのでしょう?」
被害を被るのは、いつだって弱い民だ。
ディッセンの王弟に嫁ぐのだから、彼の国にとってもより良い存在になりたい。
「何か出来ることがないか探してみるわ!」
婚礼の日延は、猶予が出来たと思うことにする。
それまで自分に出来ることを探せばいいと、ディアーヌは気持ちを切り替えて頁をめくった。
◇
さらに一年後。
ディアーヌが十七歳の春に、漸く輿入れの日が決まった。
長年続いたディッセンと大公国との争いに、和睦がなったからだ。
また何かある前にと、あれ程停滞していたディアーヌの輿入れの日取りは呆気なく決められた。
輿入れの日、ディアーヌは公爵邸ではなく、王城から旅立った。
ディアーヌ・ド・オルレーヌではなく、王の養女となりディアーヌ・ド・フレンシアとして嫁ぐためである。
「行って参ります。皆様、お元気で……」
両親と弟への挨拶の番になると、流石に涙が込み上げてきた。
おそらく今日が、今生の別れになる。
覚悟しているとはいえ、感情はまた別物だった。
「ディアーヌ!」
感極まった母がディアーヌを抱きしめる。
咎める者は、誰もいなかった。
「大丈夫よ。必ずまた会えるわ」
母の声はどこか確信に満ちていて。
「……行って参ります」
カーテシーをとり、ディアーヌはゆっくりとその場を後にした。
馬車に揺られながら、これが最後と遠ざかる王城を飽きることなく眺めた。
(さようなら)
国境を越えたらもう、自分はディッセンの民として生きて行くのだと誓いながら。
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