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「君を愛するつもりはない」〜殿下大変です!誠実すぎて言葉選びを間違えてます  作者: 青夏


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5.情報戦は得意です(母が)

幕間的なお母様無双回です。

「君を愛することはない」

「真実の愛を見つけた」

「お姉様の婚約者をください」

「病弱な従姉妹がいる」


 これらが、諸国で最近流行りのロマンス小説の一節なのだという。

 王侯貴族として見れば発言主の正気を疑うものばかりだが、あくまでも『物語』として広く好まれているということらしい。


「あ〜やっぱり!ディッセンの流行はこっちね」


 ディアーヌを連れて自室へと戻った母は、ソファに座ると何やらずっとロマンス小説を見比べている。

 母付きの侍女が、お茶と茶菓子を用意してくれるのをじっと待ちながら、ディアーヌは何とも言えない居心地の悪さを感じていた。


「はい!ディアーヌへのお薦めはこれね」

「え」


 急に本の選定を切り上げた母に、ディアーヌはお薦めだという数冊を渡された。


「どれがどの国で流行ってるか、貴女も目を通しておきなさい。あ、渡したのは全部全年齢だから安心してね」

「は、はい?」


 母の言うことは、難しくて時々よくわからない。

 けれど、そういう時の母の言葉は、いつも決まって重要なのだと、ディアーヌは知っていた。


 渡された本をソファに並べて見比べて見れば、見事に各国の言語で書かれてあった。

 ディッセン、フレンシア、帝国、聖王国。あとはディッセンと長年領土争いが続く大公国と、聖王国の強固な同盟国である国のものも、見受けられた。


「言語の勉強を兼ねているのですね」

「え?違うわよ」


 大真面目に言ったディアーヌの言葉は、即座に母に否定される。


「さすがに翻訳が必要なのもあるし。まあ、原書で読めた方がいいのは間違いないけど」

「あの……」


 いよいよわからなくて、助けを求める様にディアーヌが困惑の目を向けると、母は笑って言った。


「流行りを作るには好まれる傾向を知る必要があるじゃない?」

「えっと……」

「わたくしね、今回は本気出すつもりなのよ」


 笑っているはずの母の目が、真剣だった。


 母は怒っているのだ。

 ずっと、怒り続けていたのだ。


 その事実を、ディアーヌはこの時初めて思い知った。







 ディアーヌの婚約が決まってから一年と少し後、十五歳の秋。

 

 フレンシアでは、とある本の話題で持ちきりだった。

 ダークブロンドの男爵令嬢が、魅了の力で王太子や貴族令息を次々と陥落させていくというその本は、内容の奇抜さもさることながら、現実との奇妙な一致と共に、一躍国中の注目を集めたのだ。


 曰く、男爵令嬢ではなく伯爵令嬢だったけれど。

 曰く、ダークブロンドではなくピンクブロンドではあるけれど。

 曰く、魅了の力を使った真偽は不明であるのだが。


 作中のダークブロンドの男爵令嬢が、あまりにも聖王国の愚王の母に、酷似していたのである。

 容姿も年齢も、身分さえ違うというのに、誰が読んでも頭に思い浮かべてしまうのは、とある国のとある王の母なのだ。


 これは如何に。


 しかも人々の関心はとどまる気配を知らず、少しずつ内容を変え、各国の言語へと直されて、近隣諸国へと輸出されて行った。


 聖王国だけは、すぐに発禁処分となったそうだが、それも表向きの話だ。

 人の口に扉は立てられないし、完全に欲望を抑える手段など存在しない。

 禁止すればするほどに、闇で取引される。

 貴族は夜会の余興に誦じ、平民は意味もわからないまま子どもが本の一節の真似をする。


『貴様!私に魅了をかけて騙したな!』


 お決まりの台詞にお決まりのポーズ。

 最後は男爵令嬢が断罪されるその場面だけが、切り取られ拡散されて、人々の記憶に残る。


 もはや件の男爵令嬢は聖王国の若き王の母君なのだと、混同する者も後を絶たなかった。


 どこにもそんなことは、明記されていないのに。

 読者がそう、読み取っただけだと。


 仕掛け人は、一人ほくそ笑んでいた。







「ふーっ……美味しい」


 いつかの様に向かい合わせでソファに座り、満足そうにお茶を飲む母から、ディアーヌはそっと視線を手元の本へと移した。

 手にしていたのは、件の男爵令嬢の本。

 そのディッセン版だった。


「わたくし、国民性をきちんと勉強します」


 ディアーヌの妙に気合いのこもった発言に、母は目を丸くした。そしてすぐに破顔する。


「ふふっ。貴女は大丈夫よ」

「わかりませんわ!」

「えー?」

「お母様……」

「ごめんなさいってば」


 真剣な娘の様子に母は早々に白旗を上げる。


「でも、本当に大丈夫だと思うのよねぇ」


 少しだけ思案すると、母は一冊の本を侍女に持って来させ、ディアーヌに渡した。


「貴女が読むべきなのはこっちね」

「へ?」


 本の表紙には『君を愛することはない』とある。

 婚約者のいる娘に読ませる選択としては、いかがなものだろうか。


 釈然としないディアーヌだったが、母には何か意図があるのだろう。

 結局ディアーヌは、それ以上は何も言わず、大人しくディッセンの公用語で書かれた本の頁をめくったのだった。


お読みいただきありがとうございます!

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