4.婚約者様からの贈り物
ディアーヌが、初めて婚約者へ手紙を送ったおよそ一月後、先方から返書が返って来た。
ジークフリート・ビュッフェルスバッハ
ディッセン国の王弟殿下。ディアーヌより十歳上の、不敗の将軍。それがディアーヌが彼について知っている全てだった。
手紙を読めば、少しは新しい面を知れるだろうか。
抑えようとしても、どうしても膨らんでしまう期待をなだめて、ディアーヌは封を開けた。
書かれていたのは、数行のみ。
当たり障りのない挨拶と、ディアーヌが手紙に記していた、幾つかの質問の答えだった。
「え」
その最後の一文に、ディアーヌの視線は釘付けになった。
『本がお好きだとあったので、ディッセンの書を幾つか贈ります』
確かに、本が好きだと手紙に書いた覚えがあった。
『なにがお好きですか?』と質問した分の答えは、『鍛錬』だったので内心頭を抱えていたというのに。
「……本を贈ってくださるの?」
ディアーヌに歩み寄ってくれようとする気持ちが嬉しくて、じんわりと、胸が温かくなる気がした。
気づけば手紙を、きゅっと胸に押しあてていた。
「エマ」
「はい、お嬢様」
気持ちを持て余して、ディアーヌはすぐ側にいるエマの名を呼んだ。
忠実な侍女は当たり前に返事をくれる。
「王弟殿下が……ジークフリート様が、ディッセンの本を贈ってくださるんですって!」
「では、あの箱が本なんですね」
「え?」
あの箱とは?まさかもう届いているというのだろうか。ディアーヌの疑問にエマは笑顔で頷いた。
「はい。届いてらっしゃいますよ。お持ちいたしますね」
「わたくしが取りに行くわ」
「まあ」
はしゃぐディアーヌの様子に、エマは目を丸くする。けれど余計な事は口にせず、黙ってディアーヌを案内した。
公爵家の贈答品が収納されている部屋へと行くと、ジークフリートからの荷が確かに届いていた。
安全性の確認が第一とはいえ、せっかくの初めての贈り物なのだから、自分が一番初めに受け取りたかったと、ディアーヌは少しだけ残念な気持ちだった。
けれど、そんなもやもやした思いも、箱を開けた途端に霧散してしまう。
「わぁ!」
中には、びっしりと詰められた本の山。
分厚い本の背表紙には辞書や歴史書の文字が見える。
「……お勉強の本だけですか?」
すぐ後ろに控えているエマが、困惑した声で呟いた。けれどディアーヌは気にも留めずに、箱から一冊ずつ本を取り出していく。
「あら?」
一冊だけ、付箋の付けられた本があった。
どうやら分厚い図鑑のようだ。
気になって、二箇所に付けられていた頁の片方をめくってみる。
「あ」
そこに描かれていたのは、ディアーヌが押し花にしたあの小さな花で。
ディアーヌは震える指で、もう片方の頁もめくった。
「!」
描かれていたのは、小さく可愛らしい花だった。
ディアーヌが手紙に忍ばせて送った押し花が白だったのに対して、こちらは薄い青。
ジークフリートの、好きな花なのだろうか。
それともディアーヌが好きそうだと思って、探してくれたのだろうか。
どちらにせよ、嬉しかった。
とても、嬉しかったのだ。
(きっとすごく、優しい方なんだわ)
手紙を読んだ時よりも今の方がずっと、ディアーヌの胸は高鳴っていた。
「あらあら沢山ね」
「!」
突然かけられた声に、肩が跳ねる。
悪い事なんてしていないのに、どうしてか気恥ずかしかった。
振り返る前に、小さく深呼吸が必要なくらいには。
「お母様!どうなさったの?」
いつもよりほんの少し高い声のディアーヌを、母は楽しそうに見つめて言った。
「お願いしてた物を取りに来たのよ」
「お願い?」
お願いなどと珍しい。
いつも母の希望は周囲が察して、先に何でも揃えてしまうのに。
「わざわざ取りに来られるほどなんですか?」
ディアーヌの溢れ落ちた疑問に、母は声をあげて笑った。
「貴女と同じよ」
「……お母様」
「ふふっ」
待ちきれなかったのだと、暗に母に言われてしまっては、ディアーヌは真っ赤になって俯くことしか出来なかった。
母は侍女に指示を出すと、一つの箱を持って来させた。
印字されていたのは、ジークフリートからの荷と、同じ刻印だった。
(ディッセンから?)
怪訝な顔をしていたのだろう。母はすぐに、答えをくれた。
「ディッセンの王妃殿下にお願いしていたの」
「王妃様に?」
「ええ。この前お会いした時に」
三カ国での会談の時に、母は頼んでいたのだという。
箱を開けると、中に詰められていたのは大量の本で。
(え?)
けれどそのいずれもが、ジークフリートが贈ってくれた本とは異なるものだった。
「わたくしは貴女の婚約者と違って、真面目なものは求めてなくってよ」
「お母様……」
思わず咎めるような声音になっていたことに、誰より驚いたのは、ディアーヌ自身だった。
はっとして、口元を手で押さえる。
「構わないわ。本当のことですもの。ああ、でもディアーヌ。貴女に必要なものもあるのよ」
「え」
手招きされ、恐る恐る母の側へと行けば、自ずと箱の中まで視界に入ってしまった。
「あの、お母様?」
箱の中から一冊を手に取ると、母は困惑するディアーヌに表紙を見せつけた。
「ロマンス小説よ!ディッセンにあるだけ全部」
「!?」
母は一体何を言っているのだろうか。
混乱するディアーヌを置き去りに、母は真顔で何か呟いている。
「やっぱり、情報戦よね……国が違えば好みも違うでしょうし……」
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