3.初めましてはお手紙で
ディアーヌに婚約の件が告げられたのは、両親が王城から邸に戻ってすぐのことだった。
「ディッセン……ですか」
王妹を母に持つ公爵令嬢として、当然政略結婚は覚悟していた。ましてや伯父である王には三人の王子しか子がいないのだから。
しかしディッセンとは。
敵対こそしていなかったが、お世辞にも友好国とは言い難い。それくらい距離感があった。
(わたくしに、ちゃんと出来るかしら……)
ふと浮かんでしまった不安を断ち切る様に、ディアーヌは首を振った。
(だめよ。出来る出来ないじゃないわ。やらなきゃならないのよ!)
悲壮な覚悟を決めるディアーヌに対して、目の前の母はいたって平常運転だ。
「大丈夫よ〜そんなに心配しなくても。絶対に上手くいくから」
そんな無責任なとほんの少しだけ恨めしく思ったが、母の満面の笑みを目にしてしまっては、ディアーヌはもう、反論する気にもなれなかった。
「歳はね、二十四歳だったかしら」
「二十四歳!」
十四歳のディアーヌとは、十歳離れている。自分の様な子娘が相手で先方は、さぞや不満なのではないか。
ディアーヌは内心不安で押し潰されそうだった。
「問題ないわよ。お母様とお父様も八歳差だけど円満でしょう?」
「……はい」
少々特殊な両親は、あまり参考にはならない気がすると俯いたディアーヌを、母は気にする素ぶりも見せずに、楽し気に提案をしてきた。
「それでね、ディアーヌ。手紙を出したらどうかしら?婚約者様に」
◇
「何を書いたらいいのかしら?」
机の上の真っ白な便箋を見つめながら、ディアーヌは途方に暮れていた。
「とりあえず、ご挨拶でしょうか……」
側で控えていた侍女のエマも、明らかに戸惑っている。
「そうよね。わたくしのことを、まずは知っていただかないと」
降って湧いた婚約話に不安を抱いていたのは何もディアーヌだけではなかった。
邸の使用人達は、まだ幼子の様に愛しんでいたお嬢様の嫁ぎ先が他国だと知り、皆一様に眉を顰めた。
勿論、主人の前で懸念を口にする者など公爵邸にはいなかったが、エマの様に特にディアーヌの側近くに仕えている者の心は、心配で今にも胸が張り裂けそうであった。
「出来れば、ちょっとくらいは……」
「お嬢様?」
「ううん!なんでもないの」
ちょっとくらいは好きになって欲しいだなんて、恥ずかしくて口には出せなかった。
いつか政略結婚をするのだと覚悟はしていても、ディアーヌはまだ十四歳だ。恋物語に憧れる夢見がちな一面も、間違いなく彼女にはあったのだ。
エマに見守られながら何とか書きあげた手紙は、結局当たり障りのないものになってしまった。
きっと王弟殿下の手に渡る前に封の中を確認されるだろうから、寧ろその方が良いくらいなのだが。
せっかくの婚約者への初めての手紙なのだから、少しだけ特別なことがしたかったと、ディアーヌは小さく息を吐いた。
ふと、机の上に飾ってある小振りな花瓶に目が止まる。
邪魔にならない様にと、配慮され飾られている花は小さく可憐だ。
少しだけ躊躇って頷くと、ディアーヌはエマを振り返って言った。
「押し花の栞を作りたいわ」
何か良いことでも思いついたのか、その表情は明るい。
ディアーヌの笑顔にエマもつられて微笑んだ。
「すぐにご準備いたします」
お読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎での評価やブクマ、リアクションなどしていただけると嬉しいです!




