2.王女で聖女なお母様
本日二回目。明日からは一日一回投稿の予定です。
行かせるんじゃなかった。
目の前で、機嫌を損ねて不貞腐れる妹を睨め付けながら、王は本心からそう思った。
「ヴィヴィアンヌ」
膠着状態の兄妹に痺れを切らしたのか、それまで空気と化していた宰相が、ヴィヴィアンヌの前に跪きその手を取った。
「君が考え無しにディアーヌの婚約を許すなんて思っていない。理由を話してくれないか?」
「あなた……」
流石だと、王はその光景に目を細めた。
王の幼馴染にして生涯の友。腹心の宰相。
幼い頃よりその特殊性から扱いの難しかったヴィヴィアンヌを唯一制御出来る男。
それがオルレーヌ公爵だった。
「ディアーヌのためなのよ」
「ディアーヌの?」
「そう。だってあの子、このままだと聖王国の王妃にされちゃうもの」
「なんだとっ!?」
大人しく聞き役に徹していた王が堪らず声を上げた。
「待て、何故わかった!?……いや、まさか」
「あ〜ほら、いつもの」
「神託か!」
その場の空気が変わった。
神託ーー
それはヴィヴィアンヌの扱いを難しくした、最大の要因だった。
◇
本来なら王女として生まれたヴィヴィアンヌもまた、三人の姉たち同様に政略結婚で他国の王家へと嫁ぐ身の上だ。
けれど物事ついた頃から、いや遡れば赤ん坊の頃から既に、ヴィヴィアンヌは奇妙な言動を繰り返す子どもだった。
「神官長の新しい愛人は未亡人ですぅ〜きもっ」
「大姉様の嫁ぎ先にピンクブロンド注意報!」
「お兄様〜国境で変な風邪流行ってません?」
「あ、東の方で王国と大公国が揉め出す頃だなぁ……」
知り得るはずのない情報を寸分の狂いなく正確に、ヴィヴィアンヌは口にした。
前例が無い訳ではなかった。
王国では過去にも、神託を受ける聖女や聖人の類が現れたことが歴史書に記されていた。
しかしその存在は、必ずしも望まれたものではなかった。
行き過ぎた知識は災いの種にしかならない。 事実、過去に聖女や聖人と呼ばれた存在で、現在もその地位を剥奪されずに名を残しているのは、王族や高位貴族の出身者のみだ。
平民や下位貴族の出身者の多くは、時の権力者に取り入り、もしくは利用された結果、異端審問にかけられ火炙りに処されていた。
幸いヴィヴィアンヌは王女である。昔ほど神官の力も強くはない。国王の庇護下にいれば、その身を守ることは十分に可能だ。
だから末の妹王女の身を案じた姉姫たちは、誰一人ヴィヴィアンヌが国内に残ることに不満を持たなかった。それどころか「あの子のことお願いよルイ」「お兄様にお任せしましたからね?」などと口々に当時王太子であった王に言い残して嫁ぎ先へと旅立って行った。
ヴィヴィアンヌは成人を迎える頃には神託を口にすることが極端に減っていた。
なんでも頭の中を靄がかかったようにわからないことが増えたらしい。
それで良いと、ヴィヴィアンヌの周囲の者は皆思った。
これでようやく平穏な生活を送れると。
事実、ヴィヴィアンヌは娘と息子にも恵まれ、何事もなく平和を享受していたのだ。
あの日、姉である先王の第一王女が、聖王国の王太后を廃されて送り返されて来るまでは。
生涯聞くことのないはずの平民の言葉で怒鳴り散らかした後、ヴィヴィアンヌは姉にしがみついて泣きじゃくった。
「ごめんなさい大姉様……あのピンク女もバカ息子も絶対許さないっ!!」
平和だった日常は終わりを告げ、その日から十数年振りにヴィヴィアンヌの神託が、猛威を振るうこととなった。
◇
「ではディアーヌの婚約はあえてだと?」
落ち着きを取り戻した王は、改めてヴィヴィアンヌに確認をとった。
「勿論よ。可愛い娘を、大姉様の敵の妃になんてさせられないもの」
「ふむ……」
王として優先するべきは国益だ。その為なら姉の誇りを犠牲にせざるを得ない時もある。
しかし聖王国の愚王は十八歳になったばかり。その後見も支持基盤も脆弱だ。
果たして十四歳のディアーヌが嫁ぐ頃まで持つだろうか。
聖王国との再同盟を支持する貴族も少なくなかったが、フレンシア側の得られる利益は多くなかった。
ヴィヴィアンヌの言う通り、姉の敵に姪をくれてやるには餌が足らなさ過ぎる話だった。
「ではディッセンの王弟は信頼に足る男なのか?」
「当然!ヒーローだもの」
「お前はまた……」
「でも本当なんだってば!ディッセンの王妃も良い子だったし、あそこは兄弟仲良いから内乱の心配もないし」
「うむ」
聖王国の件はヴィヴィアンヌの私情が全面に出た妨害工作だったが、今回の婚約に神託が絡んでいるのはどうやら間違いなさそうだ。
「わかった」
ならば王としての答えは一つ。
「オルレーヌ公爵令嬢ディアーヌを我が養女とし、ディッセン国王弟に嫁がせるものとする」
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