24.鳴動
マリアから聞かされたジークフリートの新たな一面は、意外ではあったがどこか納得出来るものでもあった。
普段のジークフリートは物静かで穏やかだ。
ディアーヌが酷い勘違いをしても、優しく諭してくれる。
だが戦を好まずとも、時代も環境もその才を見逃してはくれなかったのだ。
(可愛いものが好き……)
綺麗なものはわかる。美しい美術品などを鑑賞すると心が落ち着く。きっとそういう意味合いなのだと思う。
けれど、可愛いものはどういう事だろうか。
あれほど子どもの成長を大切にするのは、自身や周囲の経験だけではなく、もしや子ども自体をジークフリートは可愛いと思っているのだろうか。
(でもそれなら、大丈夫かも)
人は可愛いものの前では無力であると、かつて母が言っていた。
もしジークフリートが本当に可愛いものを愛でる人ならば、子ども扱いしているディアーヌの事も可愛いと思っているはずだ。
だから皆、ディッセンの人々はディアーヌを歓迎してくれているのだろう。
(つまり好きになって貰えるのでは?)
好みというものは、簡単には変えられない。
最初からジークフリートの好みに入っているのならば、もはや勝機は見えている。
ディアーヌは部屋中の布という布を綺麗に畳み終えるまで、忙しなく考え続けたのだった。
◇
「ご領主!!」
血相を変えた伝令の兵士が城内に駆け込んで来たのは、それから数日後のことだった。
「分裂した帝国軍の片割れが我が軍に攻め込んで来ました!」
城内の空気が一気に張り詰める。
帝国の皇帝が崩御したとの知らせはまだない。
ジークフリートたちが無駄な流血を避けるために続けていた努力が、呆気なく踏み躙られてしまった。
「戦況は?」
冷静なマリアの声が、辺りに響く。
「ルドルフ様とディルク様でほぼ殲滅してます!」
「はぁ?まったく、アイゼンバーグの男どもは」
呆れた様に苦笑いを浮かべるマリアは、けれどどこか誇らしげに見えた。
「負傷兵が数人。すぐにこちらに運び込みます!」
「そうしろ」
簡潔に伝令を伝えると、兵士はまた戦場へと戻って行った。
「少し慌ただしくなりますよ」
部屋の隅で大人しくじっとしていたディアーヌに、マリアは真剣な顔で告げた。
「怪我の程度もわからない。骨が折れてるのか、内臓が飛び出ているのか」
「……はい」
「見るのが辛ければ部屋に篭ってて構いません。貴女にそこまでの義務はない」
マリアの言葉は厳しくも優しい、正論だった。
負傷兵の姿を見て、驚いたディアーヌが悲鳴を上げたり失神したりすれば、そこに手がとられる。ただでさえ人手が惜しいこの状況で、そんな迷惑をかけるつもりはディアーヌには毛頭なかった。
「マリア様、わたくし自分の出来る範囲でお手伝いさせていただきたいのです」
真っ直ぐに覚悟を決めた瞳でディアーヌはそう答えた。
マリアはほんの少しだけ目を見開くと、すぐに声を出して笑った。
「流石は王弟妃!軍神の妻だ!よろしく頼みます」
程なく運び込まれて来た兵士は数人余り。
中でも重傷な者は片腕が切断され、一刻を争う状態だった。
ディアーヌは運び込まれて来る兵士たちを遠目に見ると、彼らには近寄らずに炊事場へと赴き、濾過した水で湯を沸かし、清潔な布と包帯を途切らせることなく補給していった。
「ディアーヌ様がなさらなくても……」
「妃殿下自らだなんて!」
エマも城の侍女たちも、自ら率先して裏方仕事をこなすディアーヌに青ざめ、何とかやめさせようと努めたが、ディアーヌがその手を止めることはなかった。
(出来ることをやるだけよ!)
その信念だけがずっと、ディアーヌを突き動かしていた。
負傷兵が運び込まれてから二日程たった後、城門の前に見慣れない兵士が騎乗したまま事切れていた。
装備品から見て、帝国の兵士に間違いなかった。
それが一体なぜ、辺境伯の城門の前で事切れていたというのか。
「貴様ら、侵入され過ぎだろうが!」
警備不備に苛立ったマリアの雷もあり、亡くなった兵士は遺体を徹底的に調べられた。
そうして何故その男が辺境伯領まで命を賭してやって来たのか、見つかった一通の封書によって明らかとなる。
封書の宛名は、マリア・グリンデンベルク辺境伯。
そうしてその差出人は、行方知れずとなっていた、テレーゼ姫その人だったからだ。
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