23.あなたに会いたい
「すまないな、こんな事まで手伝ってもらって」
清潔に洗濯された布を丹念に折りたたんでいくディアーヌに、マリアは労いの言葉をかけた。すぐ側には包帯の山もある。
「いいえ、嬉しいです。わたくしにもお手伝いできる事があって」
昨日、一瞬とはいえ間者の侵入を許したグリンデンベルク領の騎士たちは荒ぶっていた。
長い事続く膠着状態に終止符を打つべく、総攻撃を仕掛けるべきだと進言する者も、一人や二人ではなかった。
けれどそれを、マリアが止めた。
「バカを言うな!殿下やルドルフ達がなんでこんなに時間をかけてるのかわからないのか!」
と。
「マリア様」
ディアーヌは手を止めると、マリアを真っ直ぐに見つめて言った。
「昨日の、お言葉なんですが」
「ああ」
「なぜ、わざわざ時間をかけているのか、と」
戦は長引けば長引くほど、兵も民も、領土さえも疲弊する。それなのに、あえて時間をかけるということは、それ以上に得られる益があるからに違いなかった。
ディアーヌはそれを知りたかった。
その為にずっと、ジークフリートは戦場に立っているのだから。
「そうだな」
マリアは少しだけ考える素振りを見せると、腕組みをして豪快に笑った。
「わかった。貴女には知る権利がある」
そうしてマリアは、包み隠さずに教えてくれた。
「帝国の皇帝の命はもって数日だ」
「ええ!」
「帝国に忍ばせている間者からの報告だ。間違いない」
そもそも皇帝が倒れたことに端を発したこの戦は、ディアーヌの知らぬところで、また別の局面を迎えようとしていた。
「皇帝が亡くなれば、帝国内部の第三皇子派が一気に反乱を起こす」
「!!」
「そうすれば、今辺境伯領前で睨みあっている連中は兵を引くしか無い。どうせ第一皇子が勝手にやってることだしな」
「それは……」
「無駄な血を流さずに済むだろう?」
「はい!」
だから、最善の可能性を模索して、ジークフリート達は長期戦を選んだのだ。
「それと……」
言い難そうに、マリアは口篭った。そうして小さく息を吐くと、ディアーヌから目線を逸らした。
(何かしら)
マリアらしからぬ態度に、ディアーヌは一抹の不安を覚えた。
「テレーゼ姫のことだ」
「あっ……」
テレーゼ姫。ディッセンの王妹にして、帝国の第一皇子の妃。ジーフリートの妹姫。
彼女は夫である第一皇子がディッセンの使者を殺し、同盟を破棄するという悲劇に見舞われた。その上現在は行方不明である。
「あの国は後宮があるから……」
マリアの間者でも後宮の奥深くまで入り込むのは容易いことではないらしく、テレーゼの居場所はずっと特定出来ずにいた。
「姫だからな。安全にも種類があるだろう……」
「……はい」
妃の立場のままなのか、それとも人質として扱われているのか。あるいはもっと、悲惨な目にあっているのか。
女性だからこそ、よりその身が案じられた。
「テレーゼ姫さえ居場所がわかれば、こちらはいくらでも手を打てる」
帝国内部の伝手などいくらでもあるのだと、マリアは嘯く。
「伊達に長年争ってませんからね」
「まあ!」
自身に溢れた、けれど茶目っ気のあるその言葉に、ディアーヌは目を丸くする。
何て頼りがいがあるのだろう。
マリアの言葉は、ディアーヌの中に自然と溶け込み満ちていった。
「それに、早く殿下と妃殿下を会わせてあげたいし」
「!?」
予想外のマリアの軽口に、ディアーヌは顔を真っ赤にした。
(会いたいと思っているのがバレたのかしら?)
どう答えたらいいものかと、あたふたとするディアーヌに、マリアは優しく微笑んだ。
「殿下は昔から綺麗な物や可愛いらしい物が好きだったんですよ。本来なら戦を好む様な人じゃない」
「!!」
「だから、妃殿下が殿下の元に来てくださって、皆本当に安心したんです。私もルドルフと一緒に喜びました」
そう言うマリアの瞳は柔らかく細められていて、本心からの言葉だと、まるで教えてくれているようだった。
「これでようやく殿下も幸せになれるって」
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