22.マリア・グリンデンベルク
辺境伯領へ、ディアーヌが直接物資を届ける許可が降りたのは、グリンデンベルク辺境伯家の特殊性のためだった。
ディッセン王は最後まで渋っていたが、結局はグリンデンベルク辺境伯の求めに応じた。
「万に一つも、あれが王弟妃の身を危険になど晒すまい」という諦念にも似た言葉と共に。
辺境伯領への道行きは、護衛の騎士と物資の輸送を担う人夫たち。そしてディアーヌ付きの侍女としてエマだ。アンナも随行を希望していたが、ディアーヌが留守にした邸を侍女頭まで空ける訳にはいかなかった。
エルンストやアンナたち使用人一同に見送られながら邸を出立したのが三日前。
ディアーヌを乗せた馬車は、いよいよ辺境伯領へと踏み入れていた。
「やはり荒れているわね……」
馬車の窓からは、いくつもの耕作放棄地が目についた。
大公国との長年に渡る戦で兵士に人手を取られ、直接的な被害は無くともディッセンの地は荒れていた。
「早く秋にならないかしら」
砂糖の収穫が上手くいけば、来年には各地で作付けが出来る。
少しでも回復出来る様に、農民の収入が得られる様に。
そんなことを考えながら、到着するまでの時間をずっと、ディアーヌは外の景色を眺めてすごした。
◇
「よく来られた!」
グリンデンベルク辺境伯の城塞に着くと、すぐに豪快な歓迎を受けた。
マリア・グリンデンベルク辺境伯その人に。
辺境伯は、長い銀の髪を頭の高い位置で無造作に結び、紅の瞳をした中性的ともいえる美しい容姿を気にかける様子も無く、一騎士と変わらない姿で現れた。
一見すると凛々しい男騎士と見紛うばかりであったが、彼女が間違いなく女性であることを、その大きく膨らんだ腹部が教えてくれた。
「ご懐妊されてるのですか?」
思わずこぼれたディアーヌの問いに、マリアは笑って答える。
「ええ。上からレオン、ソフィア、フランツと子がいて、これで四人めです」
よくよく周りを見渡せば、遠くからこちらに向かって走って来る子どもが三人見えた。辺境伯の子らなのだろう。
「お身体は大丈夫なのですか?」
本人に直接聞くのは失礼かとも思ったが、すぐそばで両軍が睨み合っている。身体に障ってはと、経験のないディアーヌは純粋に心配だったのだ。
「慣れてるから大丈夫ですよ」
しかしマリアは自身の腹部を軽く叩くと、声を上げて笑った。
「妃殿下に我が城を案内しましょう」
そうしてすたすたと歩き出してしまったものだから、ディアーヌはその後をついて行くだけで精一杯だった。
「いかがかな?我が城は」
とても一日では回りきれない広さの城内をある程度案内された後、ディアーヌは一帯を見下ろす城壁の出し狭間でうずくまってしまっていた。
こんなに歩いたのは、生まれて初めてではなかろうか。
荒い呼吸を繰り返しながら、ディアーヌはそんなことをぼんやりと考えたていた。
ディアーヌの背中をさするエマとて貴族令嬢だ。
情けなくも、二人揃ってへたりこんでしまっているというのに、マリアは微塵も呆れた顔を向けはしなかった。
「もっ、申し訳、あり、ません……」
詫びるディアーヌに向ける表情は、心底不思議そうなもので、そのまま首を傾げられた。
「謝る理由が無いが?貴族令嬢が普段歩く距離じゃないだろう」
どうやらわかっていて歩かせたらしい。
一体なぜとは思ったものの、辺境伯領には独自の考えがあるのだろうとディアーヌは自身を納得させた。
「しかし妃殿下は、」
何か言いかけた瞬間、マリアは瞬時に表情を変えると、出窓へと駆け出した。
そうして弓矢を手に取ると、出窓から躊躇いなく矢を放った。
「!!」
一矢、二矢と放つと、目を細めて遠くを見やる。そうして出窓から身を乗り出すと、マリアは大声で叫んだのだ。
「貴様らっ!間者に侵入されてるぞ!
これ以上一人も領内に入れるなっ!
入れた奴は我が兵士とは見なさん!
この私、マリア・グリンデンベルクが叩き切ってやる!」
出窓から大きな腹を抱えて身を乗り出すその姿は、まさに神々しさに溢れていて。
「かっ……かっこいい……!」
だから、思わずディアーヌとエマが手を取り合いマリアに見惚れてしまったのも、当然のことであった。
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