21.辺境伯からの誘い
初夏になる頃に始まった戦は、盛夏を迎えても終わりが見えなかった。
帝国とディッセンの軍は睨み合ったまま膠着状態が続き、小競り合いはありつつも決戦とはならなかったからだ。
和議が成したとはいえ、長年の争いが続いた大公国を背後に持つディッセン。
聖王国の援軍が思う様に得られなかった帝国。
フレンシアはディッセン国王とディアーヌの願いを聞き入れて、帝国との国境線に軍を配置した。
聖王国とも表だって敵対した訳ではない。しかし内乱を主導する王弟への支援を強化し、他国へ軍を派遣する余裕を削いだ。
それでもまだ終わらないのだ。
嬉々として聖王国の苦況を知らせてくれる母からの手紙を読みながら、知らずディアーヌはため息を吐いていた。
「物資は足りているのかしら」
王都から辺境伯領へは最低三日はかかる。
さりとて保管場所も、管理する人間も限られている。前もって送れば良いという訳にもいかなかった。
「今のところは。ですが一度決戦となれば不足するでしょう」
エルンストの冷静な報告にディアーヌは頷く。そうして少し考え込むと、徐に口を開いた。
「辺境伯はどんな方なの?」
ディッセンと帝国との国境線を守る、グリンデンベルク辺境伯。
元々は独立国だったのを、度重なる帝国の侵攻をかわすためにディッセンへと組みした誇り高い一族だという。
現在の辺境伯はマリア・グリンデンベルク。
ディルクの次兄が婿入りした女性だった。
「気持ちの良い方ですよ」
「知ってるの?」
直接の知り合いだとは気が回らなかった。エルンストの言葉にディアーヌは目を丸くする。
「殿下とルドルフーーディルクの下の兄は同い年の友人ですからね。結婚される時に一度この屋敷にもご挨拶に来られました」
そうなのかと、ディアーヌは得心した。
そういえば以前ディルクも、下の兄とジークフリートを説得したと話していた。
それほど親しい仲ならば知っていても不思議はなかった。
「直接お手紙を出されてみては?」
「え」
「無下になさる方ではないですし、現地で本当に必要な物は何か、忌憚のない意見が聞けると思います」
思ってもみなかった提案ではあったが、ディアーヌはエルンストの勧めに従った。
王弟妃とはいえフレンシア出身の自分が前面に出るのはいかがなものかと、国内の貴族へは接触を避け裏方に徹するつもりだったのだが、エルンストがこう言うのならきっと、辺境伯へはディアーヌ自ら接するのが最適なのだろう。
後日、ディアーヌが辺境伯領へと送った物資の要望を尋ねる手紙に、丁寧かつ豪快な返事が届いた。
決戦に備えて、薬や包帯、それにフレンシアでのみ流通している汚水の濾過装置や消毒液なるものがあると助かると。
濾過装置と消毒液は、母ヴィヴィアンヌの発案でフレンシアが独自に開発したものだ。
ただし大量開発がまだ難しかったため、自国内にのみ止めていた。
フレンシアに頼んだところで簡単に手に入る物ではない。
けれどそれがディアーヌなら。
たとえ僅かでも融通して貰えるはずだ。
ディアーヌはグリンデンベルク辺境伯の依頼にすぐに動いた。
予想通りフレンシアは良い顔をしなかったが、そこは母の娘である。何とか押し通した。
そうしてディアーヌが辺境伯へと物資の輸送について相談の手紙を送ると、思ってもみない言葉が返って来たのだった。
ーーぜひ妃殿下自ら我が辺境伯領へいらっしゃいませんか。
御身の安全は保障いたしますから、と。
この誘いにディアーヌの心は大いに揺れた。王弟妃の身を危険に晒すことは出来ないと、頭ではわかっている。
けれど辺境伯自身が女性だ。
彼女は危険をかえりみず自領を守っている。
行ってみたいと、純粋にそう思った。
叶うなら一番近くで、この目でジークフリートの献身を見届けたいと。
「王宮へ……」
気がつけば辺境伯からの手紙を手にしたまま、ディアーヌは呟いていた。
ディッセン王の許可を貰わなければと。
お読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎での評価やブクマ、リアクションなどしていただけると嬉しいです!




