18.前夜
迷ってたヒストリカルのタグを付けました(ご報告)
邸に帰ると、ディアーヌはエルンストとアンナにだけ、話せる範囲で事情を話した。
「なんと……!」
二人とも悲痛な表情を浮かべてはいたが、どこか覚悟していた様に頷いていた。
これがディッセンの日常なのだ。
ディアーヌは目の前の現実に、気を抜けば今にも押し潰されてしまいそうだった。
ずっとディアーヌの側に控えていたエマも、何も言わなかった。
ただ黙ってディアーヌに寄り添ってくれていた。
「妃殿下、少しよろしいですか」
アンナに言われるままに、ディアーヌは邸の一室にと連れられて来た。
そこに鎮座していたのは重厚な鎧と剣だ。
「……これは」
聞くまでも無いのに、震える唇が勝手に言葉を溢していた。
「出陣のご準備は妃殿下のお勤めでございます」
優しいのに凛としたアンナの声に、ディアーヌは小さく頷いた。
そうしてアンナに教えられるままに、見様見真似で出陣の準備をこなしていった。
「情けないわ。こんなに上手く出来ないのね」
一つ一つ部分ごとにより分け丁寧に鎧を拭きながら、ディアーヌは自嘲する。
騎士団の全権を握る夫に嫁いだというのに、戦をどこか遠くに感じていたのだ。
実際、防具の扱い方すら今まで知らなかったのだから。
「知らないままでいて欲しかったのですよ」
けれどアンナは穏やかな声でそう言って微笑んだ。
それは、きっとジークフリートが。アンナが。この国の大人たちが、願っても叶わなかった本心からの言葉だった。
◇
「明日、出陣する」
夜更け過ぎに邸に戻ったジークフリートの第一声はそれだった。
すでに準備は整えていたが、邸に緊張感が走る。何度繰り返しても慣れるものでは無いのだ。
それが初めてのことなら尚更。
ディアーヌは握りしめた両手に力を込めて、必死に平静を装っていた。
「状況次第になる」
戦況は不透明なのだと、夫婦の寝室でようやく二人きりになった後、ジークフリートは重い口を開いて言った。
「大規模な戦になるか、すぐに和議になるか」
無抵抗なディッセンの使者が殺されているのだ。引ける訳がない。帝国が実行犯を引き渡すか、それとも宣戦布告となすか。
同盟を破棄するという宣言も、皇帝から出されたものでは無いのだという。
密偵からの知らせでは、皇帝は急な病で意思疎通の出来る状態ではないと。
「……内乱ですか?」
「そうだな。あの国は皇位争いが熾烈だから」
側妃腹の第一皇子と皇后腹の第三皇子。
他の皇子はこの数年の内に急な病で全て亡くなっている。
「ディッセンの姫を嫁がせたのも有利に進めるためだったろうに……」
それなのに、第一皇子の正妃であるテレーゼは行方不明。そして第一皇子派は、ディッセンの使者を殺し同盟の破棄を突きつけて来た。
一体何が起こっているというのか。
言いようの無い不安に、ディアーヌの顔から色が失われて行く。
「もう休んだ方がいい」
ディアーヌの変化を目敏く察知したジークフリートに、ベッドへと追いやられてしまう。
まだ話したいことが山ほどあるのに。
焦ったディアーヌがジークフリートに抗議しようとするが、ベッドの端で既に目を閉じてしまった姿を見ては、それ以上何も言えなかった。
(この方は明日、出陣されるのね……)
まじまじと顔を覗き込んでいるディアーヌの気配に、ジークフリートは苦笑いで瞼を開けた。
「戦に絶対は無いが、そう心配しなくてもいい。砂糖の収穫は一緒に見よう」
ディアーヌを安心させるための言葉だとわかっている。
収穫は秋、今から数ヶ月先だ。
出陣の前夜でさえも、ジークフリートは変わらずに優しかった。
「……はいっ!」
「とっ」
だからディアーヌは今夜だけと自分に言い聞かせて、ジークフリートの胸に飛び込んだ。
ジークフリートは明らかに困惑していたけれど、ディアーヌが胸の中で顔を伏せて泣いている事に気づいてからは、もうその身体を引き剥がそうとはしなかった。
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