17.平穏の終わり
「オルレーヌ公爵夫人にもお送りしてあるわ」
会食も済ませ、王子と王女はお昼寝の時間だと既に退室している。
そろそろお開きかといった頃合いに、王妃はディアーヌの前に一冊の本を差し出した。
題名は『続・君を愛することはない』だった。
「まぁ、続編が!」
何度も繰り返し読んだ本の続きを前に、ディアーヌは嬉々として手に取った。
しかしそのやり取りに、苦虫を噛み潰した様な声でジークフリートが口を挟んだ。
「……義姉上、あまりそういった本をディアーヌに読ませないでいただきたい」
これに目を丸くしたのは王妃だった。
「あら!ディッセンの殿方はどうも口下手でしょう?これくらい大袈裟な方がわかりやすくて良いと思いません?」
それに楽しいしと、王妃は一切悪びれる様子がない。
その言い方が祖国の母にそっくりだったものだから、ディアーヌは思わず笑ってしまった。
そういえば、母はよくディッセンの王妃は良い子だと言っていた。なるほど似た者同士だったという訳だ。
「これは無理だジークフリート。諦めろ」
愉快そうな王にまで断言されてしまい、ジークフリートは額を手で押さえてしまった。
これでは少し可哀想だと、ディアーヌが口を開きかけた時、ジークフリートの目つきが変わった。
(え)
瞬間、ジークフリートは即座に立ち上がると扉を睨みつけていた。
その傍らには、いつの間にかディルクが駆け寄って来ている。
間違いなく、何かが起きたのだ。
笑顔が消えた真剣な表情で、王もまたジークフリートと同じ一点を見つめている。
「陛下っ!!」
すぐに乱暴な足音と共に、悲痛な叫び声が室内まで届いた。
近侍の者が扉を開けて廊下に出ると、傾れ込む様に部屋へと入って来た年配の家臣は、跪くと真っ青な顔のまま声を張り上げた。
「陛下!帝国でアイゼンバーグ宰相補佐が殺されました!」
「なんだとっ!?」
最悪の事態の知らせに、その場に緊張が走った。
ジークフリートは、無言で家臣を見下ろしている。いつも陽気なディルクの顔からは、表情が抜け落ちていた。
王宮の一室は、瞬時にして戦場に変わってしまったかの様だった。
なおも、非情な報告は続く。
「襲ったのは第一皇子の一派です!テレーゼ王妹殿下の行方もわかりませんっ」
同盟のために、帝国の第一皇子に嫁いだディッセンの王妹が行方知れずなのだという。
それの意味するところは、一つしかなかった。
「帝国は、同盟を破棄すると……」
「何ということを!」
王の怒号が響く。
しかしすぐに冷静さを取り戻すと、王は素早く指示を下した。
「ジークフリート!軍議を開く」
「はっ」
「ディルク、すぐに騎士団の全団長を集めろ」
「はっ!」
命を受けたその足で、ディルクが部屋を飛び出して行く。
王もまた、報告に来た家臣を連れて慌ただしく去って行った。
「ディアーヌ、すまないが先に邸に戻っていてくれ」
静まり返った部屋に、王妃と二人取り残されていたディアーヌに、ジークフリートは落ち着いた声で言った。
「はい」
ディアーヌへの穏やかな態度はいつもと変わらないのに、その眼光が今は明らかに違っていた。
戦場に立つ目をしている。
「やるべき事が出来た」
ジークフリートは真っ直ぐにディアーヌを見つめると、そう告げた。
そうして決して振り返らずに、その場を去って行った。
「テレーゼ様はご無事なのかしら……」
ジークフリートたちが去った後、それまで静観していた王妃の不安気な呟きが溢れた。
継妃の子である王妹は、王やジークフリートとは母親が違う。
年齢も離れているため、早くから戦に出ていたジークフリートとはあまり交流が無かったという。
その分も王太子妃として嫁いだ頃から、王妃は実の妹の様に王妹を可愛がっていたそうだ。
「きっと、ご無事ですわ」
力強く頷くと、ディアーヌは王妃の手を握りしめた。
ジークフリートたちが戦いへ赴かなければならないのだとしたら、ディアーヌもまた自らに出来ることをしなければ。
王妃を励ましながら、ディアーヌもまた、自身の激しく揺れる感情を、必死に落ち着かせていた。
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