16.王宮へ
ディッセンでの暮らしにもすっかり慣れた頃、実は国王夫妻から一度顔を見せて欲しいと言われているのだと、ディアーヌはジークフリートに告げられた。
気のせいかジークフリートの表情がどこか冴えない。兄である国王陛下との仲は良好なはずだが、何かあるのだろうか。
探る様にじっと観察していると、すぐに気がついたジークフリートは苦笑いを浮かべた。
「問題はない。ただ面倒だと思っただけだ」
「まぁ!」
ジークフリートの口から愚痴を聞くなんて、初めてのことだった。
驚きと気を許してくれているのだという喜びで、ディアーヌの頬が緩む。
「良い方たちではあるのだが……少々世話焼きの度が過ぎる」
そう言って大きな息を吐くジークフリートは、ディアーヌの知らない弟の顔をしていた。
「わたくしも、お会いしたいです」
王弟妃としての義務は勿論、それ以上にジークフリートの家族にディアーヌは会ってみたいと思った。
それにもっと、ジークフリートの知らない顔を見てみたいと。
そうしてその機会はすぐにやって来た。
ディッセンの王宮へ登殿する日、ディアーヌはジークフリートにエスコートされながら馬車へと乗り込んだ。
最近は一緒にいられる時間が増えたとはいえ、揃って出かけるのは初めてだった。
たとえそれが国王夫妻への謁見だとしても、ディアーヌは内心はしゃいでいた。
正面に座るジークフリートを盗み見ると、気が重そうに腕を組んでいる。
そんなに嫌なのだろうか。
むしろジークフリートのその態度に、ディアーヌは興味が湧いているくらいなのに。
(あ)
ふと窓へと目をやると、騎乗したディルクが笑顔で手を振っている。
護衛が同道するのは当然ではあるのだが、今日はエマはお留守番だ。
後でディルクが文句を言われないように、何か良い言い訳を用意しておかないと。
そんなことを考えている内に、馬車は王宮へと辿り着いていた。
◇
「よく来てくれた」
「まぁまぁ!なんて可愛らしいの」
謁見の間ではなく、王の私的な部屋に案内されると、すぐに訪れた国王夫妻が満面の笑みで出迎えてくれた。
ジークフリートとよく似た容姿をした精悍な王と、栗色の髪に榛色の瞳をした美しい王妃が。
「はじめまして」
「はずゅめましゅて」
そうして国王夫妻の傍らには、まだ幼い第一王子と王女の姿も見えた。
(か、可愛いらしい……!)
きらきらとした四つの瞳に見上げられて、ディアーヌは思わず見入ってしまった。
すぐに慌てて居住まいを正すと、国王夫妻へとカーテシーを執る。
「お初にお目にかかります。ディアーヌにございます。本日はご招待いただきまして、恐悦至極に存じます」
お手本の様な仕草で向き直ると、国王夫妻は相変わらず満面の笑みのままだった。
ちらりと隣のジークフリートを見れば、彼はどこか諦めた様な表情を浮かべている。
「さあさあ、ここからは身内の話をしましょう」
王妃が両手を合わせると、小さな王子と王女は一目散に走り出す。
彼らの目的地にいたのは、ディルクだった。
「はーい!順番にやりますからね!」
両腕にぶら下がる王子たちを、ディルクが慣れた様子であやしている。
ディアーヌが不思議に思っていると、椅子を勧めながら王妃が笑って言った。
「ディルクの母とわたくしの父が兄妹なのよ」
「そうなのですか」
うちはしがない伯爵家ですなどと言っていたディルクだが、彼の母はディッセンの筆頭公爵家の出身なのだという。何でも父である伯爵にずっと想いを寄せていて、押しかけ婚同然で結婚したそうだ。
「まあ!」
楽しそうに昔話を打ち明ける王妃の姿に、ディアーヌはどこか懐かしさを覚えていた。
少しだけ、王妃は母に似ている気がした。
「あの家は優秀な人材ばかりで重宝していてね。今も宰相補佐が帝国に使者として赴いているんだよ」
王妃の話を補足するかの様に、穏やかな口調で王がディアーヌに教えてくれる。
宰相補佐とはディルクの長兄のことだろう。
「その様に大切な方を護衛にしていただき、ありがとうございます」
ディアーヌがそう礼を言うと、王は意味ありげに笑った。
「可愛い弟の頼みだからね」
「兄上……」
(弟の頼み?)
ジークフリートが頼んだということだろうか。
いったいなぜ。
「それにディルクにも少し、戦から完全に離れてもらいたかったしな」
そう言う王の視線の先には、幼い王子たちの相手を全力でこなすディルクがいた。
(あ)
王もまた、子どもでいさせたかった人なのだ。
為政者として、決して本音を口にする訳にはいかなくとも。
国の為とはいえ、子どもの時を奪ってしまった事実に、誰より責任も罪悪感も感じているのだ。
(似てるわ)
なんてよく似た兄弟だろう。
二人とも、優し過ぎるのは少し心配だけれど。
でもそんなところが凄く好ましいと、ディアーヌは思ったのだった。
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