15.自覚する想い
「大丈夫か?」
「え!?あ、はい….…」
ジークフリートの気遣わしげな声に動揺したディアーヌは、ナイフを持つ手が不自然に震えていた。その姿に、ジークフリートが僅かに目を細める。
せっかく初めて夕食を共に出来たというのに、ぼんやりとしてしまった自分が情けない。
一人反省するディアーヌに、ジークフリートの優しい声が飛んできた。
「疲れているのではないか?」
「え」
「この邸に来てからずっと働き詰めだろう」
「えっと」
そうだろうか。畑の事はほとんどオリバー任せだ。実際のディアーヌは、邸の使用人に気遣われながらのんびりと過ごしているだけだった。
「いえ、わたくしは何も」
「国が違えば気疲れもする。そもそも君は随分と流暢にディッセンの言葉を話しているが、それだって気が張るはずだ」
「え……」
そんな事、考えても見なかった。
ディッセンに嫁ぐのだからディッセンの言葉を覚える。それは政略結婚を担うディアーヌに課せられた当然の義務だ。
勿論簡単だったとは言わないが、婚姻の日取りが延びた分だけ猶予があった。
(この方は努力と認めてくださるのね……)
けれどジークフリートはそれは当然ではないのだと。ディアーヌの見えない努力を汲み取ってくれているのだ。
(好き……だなぁ)
ジークフリートの優しい瞳を見ながら、ディアーヌは心の中で自然とそう呟いていた。
正直、今でもこれが恋なのかはわからない。
夫婦とは名ばかりで、まだ出会ったばかりなのだから。
それでも、ジークフリートの優しさに触れる毎日は、彼への想いを募らせていくにはきっとディアーヌには十分だったのだ。
「ありがとうございます。けど大丈夫です」
「そうか……無理はしないように」
「はい」
まだ気掛かりそうなジークフリートにしっかりと目線を合わせて、ディアーヌは微笑んだ。
手を止めていた夕食を再開すると、ジークフリートもそれ以上はもう何も言わなかった。
◇
「あの……」
夫婦の寝室でジークフリートと二人だけ。
当然といえば当然なのだが、アンヌたち使用人の尽力により毎晩同衾することは確定したようだ。
今夜も目の前に現れた夜着姿のジークフリートを見て、ディアーヌは躊躇いがちに声をかけた。
「どうした」
寝台の端と端。
初夜からずっと変わらない距離感のはずなのに、ディアーヌはなぜか今夜が一番緊張していた。
それはきっと、自分がジークフリートに恋をしているのかも知れないと、自覚したからだ。
「えっと……」
ディアーヌがどれだけ言葉に詰まろうと、ジークフリートは待ってくれる。
それが嬉しくて、同時に少しだけもどかしかった。
(あ!そうだわ)
何とか会話の糸口を探していたところに、ディアーヌはふと閃いた。
そうして寝台の横の卓に置いてある、読みかけの本に手をやった。
「ジークフリート様にお聞きしたいことがあったんです」
そう言うと、両手で本の表紙をジークフリートに見せつける様に差し出した。
その本の表紙に書かれている題名は『君を愛することはない』だ。
かつてフレンシアにいた際、ディアーヌが母ヴィヴィアンヌに渡された、ディッセンで流行りのロマンス小説である。
「!?」
しかしその本に、ジークフリートは目を丸くした。
「あの、ディッセンの殿方は、皆さんこうおっしゃるのですか?」
「は!?」
「え?」
驚愕に目を見開いたジークフリートの態度に、今度はディアーヌの方が驚いてしまった。
こちらは初夜で、ジークフリートにほとんど同じことを言われているのだ。
たとえそれが思いやりから出た言葉だとしても、誤解してしまっていたなら、夫婦関係は破綻へ一直線だっただろう。
事実、この本の夫婦は色々と厄介なことになっている。
この本がディッセンで流行ったのは、男性主人公がディッセンの大多数の男性の不器用さと共通するからかと思っていたのだが、違うのだろうか。
ディアーヌは首を傾げる。
「ディッセンの殿方は、言葉選びがフレンシアとは違うのかなと思ったのですが……」
「!!」
ディアーヌの純粋な疑問に、ジークフリートは頭を抱えた。
なぜならその誤った考えは、自身の迂闊な発言ゆえだったのだから。
「いや……すまない。きちんと話をしよう……」
「はい!」
項垂れてしまったジークフリートから返ってきた声はなんだか凄く疲れていたのだが、眠るまでのお喋りが確保出来たディアーヌは、これで緊張が紛れるはずだとほっとしていたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎での評価やブクマ、リアクションなどしていただけると嬉しいです!




